78 / 82
074
一足先に、風呂から上がった風璃は、浴室の前で仁王立ちしている弟に溜め息を吐いた。
「なに」
「……なんで、紅葉と兄さんが一緒にいるんだ。というか、なんで紅葉がこんなとこに」
「それ、お前に言う必要ある?」
どちらも、冷たい声音だ。
神原兄弟の仲は良くない。
神原家――神原組を継ぐ若頭の風璃と、その右腕たる補佐役として育てられている椿貴。いつか家を出ると考えている椿貴と、家の行く末を見据えている風璃はいつも喧嘩をしてばっかりだった。
気に食わない兄が、親友をこの家に招待したのも気に食わない。紅葉の、あの焦った表情も気に食わなかった。
白い首筋から覗いた赤い痕――鬱血痕に、そういう仲だろうことは容易に想像がつく。
よりにもよって、この人とだなんて。相変わらず人を見る目がない。
「風璃さん、お待たせししまし、た……?」
険悪な雰囲気の中、紅葉が出てくる。
兄が声をかけるより先に、椿貴が飛び出した。
「紅葉! 久しぶりっ!」
「え、え、椿貴? 久しぶり」
細い首に抱きついて、喜びの声を上げる。
メールや電話では時折連絡を取っていたが、実際に会うのは中学を卒業して以来だ。ほかの友人たちは連絡すら着いていないらしかった。
一番の親友。一番の仲良し。
会えて嬉しくないわけがなかった。
「……おい」
兄の低い声に、口の端が歪んだ。
「わーい、久々の紅葉だ」
「おいって、聞こえてんだろ」
「ねぇ、紅葉、俺の部屋に行こうよ。話したいことがたくさんあるんだ」
にこやかに言葉を紡ぐ椿貴と、眉を寄せてへの字口の風璃。
板ばさみの紅葉は困り顔で両手を上げた。お手上げである。
白乃瀬のきょうだいは、いろいろ問題ばかりだけど仲は良い。
だから、まさかこんなにも神原兄弟の仲が険悪だとは思わなかった。
風璃さんと一緒にいたいが、久しぶりの椿貴とも話しをしたい。
ぐらぐらと揺れる気持ちを感じ取ってか、風璃が溜め息を吐いた。
「……はぁ。終わったら俺の部屋に連れてきてよ」
面倒くさそうに頭をかいて、踵を返してしまう。
「え、か、風璃さんッ、」
「ん、どうしたの?」
「おこ、ってる……?」
眉を下げて、伺う紅葉に、椿貴はわずかに目を見張った。
椿貴の知っている親友は、誰かに伺うようにものを訊ねたりはしなかった。
いつだってふわふわとして、流されてばかりだった。
「怒ってないよ。子供っぽい嫉妬をする自分に呆れてるだけ。それに、夜は一緒に寝るって約束だろ?」
「そ、うですね」
あんな風に、目を細めて、心底愛しいと優しい表情をする兄なんて初めて見た。
自分に向けられた顔じゃないのに、なんともいえない、むずがゆい気持ちに苦虫を噛み潰す。
兄が兄じゃないようで、紅葉が知っている親友じゃないようで、自分だけが取り残された感覚に目眩がした。
「……紅葉は、兄さんと付き合っているのか?」
もし、兄が無理やりを強いているようだったらどうしてやろう。
まず第一に、男としての象徴を削いでやる。
あとで厨房に行かなければ、と心に決めた椿貴に気づいてか、苦笑した紅葉。
「風璃さんは、僕なんかにはもったいない人だよ」
「……はぁ、つまりそういうことね」
肩をすくめた椿貴に、紅葉は笑みを深めた。
ともだちにシェアしよう!