79 / 82

075

 若が連れて来たご学友は、蜂蜜色の美しい青年だった。  近くを通りすぎると、かすかな汗のにおいと、甘い香りがした。組のどの若い衆とも違う、お淑やかなご学友だ。  女っ気の少ないこの屋敷で、ご学友はとても新鮮で、話題の的だった。  玄関の裏手にある日陰で休憩をしていた男たちもまた、ご学友の話をしていた。 「やっぱ、若の色なんじゃあねぇか?」 「でもサイトウさん! 若は男で、ゴガクユウも男じゃねぇっすか」 「ばっか、この世界で男も女もあるかよ。知ってるかぁ? 織部組の長はどっちもいけんだぜ」  揶揄う声色に気づかず、ゴクリと唾を飲んだのは若い衆のうちのひとりだ。イヌカイと言って、馬鹿正直だが名前の通り犬みたいだと上の者たちに可愛がられている。  若の前では口に出さないが、組の誰もがご学友のことが気になっていた。  しかも、気難しい弟君の同級生だったらしい。  一週間の滞在のようだが、基本的に若か弟君の部屋にいて関わる機会はない。というよりも、その二人が関わらせないように根回しをしているのだろう。  生っ白い肌に、とろける甘さを含んだ蜂蜜の瞳。艶やかな黒髪は、毛先が少し傷んでいて人間味を感じさせる。  盛りのついた若いやつらなら、すぐに手を出しちまうだろう色香を纏っていた。 「――すみません」  涼やかな声だ。  落ち着いている、秋の川原のような声。 「あ? 誰だ、って……アンタ、」  目を見開いた男の口元からポロリと煙草が落ちる。 「えーっと、若のゴガクユウ!」 「ゴガクユウ? ……あぁ、ご学友ね。どうも、お世話になっています」  はんなり、とお淑やかに笑んだ紅葉に、イヌカイの顔が赤くなる。 「ゴガクユウ! どうしたんすか、こんな所に?」 「風璃さんの部屋に戻ろうとしたんだけど、……恥ずかしながら迷子になっちゃいました」  照れて頬をかく紅葉に、えへらえへらとだらしのない笑いをするイヌカイの後頭部に手刀を入れる。  この状況を若が見たら、イヌカイの首がすっぱり飛んでしまうだろう。 「こら馬鹿犬。呆けてんじゃねぇよ。――っと、ご学友も恥じることなんてねぇですよ。この屋敷、無駄に広いからなぁ。若のとこまで案内しやすよ」 「お仕事中とかだったんじゃ……」 「なぁに、休憩中なんで気にすることねぇです。それに、ここでご学友をほっぽりだすほうが若に叱られちまう」 「怒った若……」と風璃の怒りの形相を思い出したイヌカイは火照った顔を青褪めさせて口元を覆った。  想像するだけで吐き気がするほど恐ろしい。  きょとん、と甘い眼を瞬かせるご学友は、きっとそんな恐ろしい若を見たことがないのだろう。なんとも羨ましいことだ。  ぶーぶー文句を垂れるイヌカイを置いて、紅葉を案内するサイトウ。  イヌカイのあの様子はいただけない。粗相をする以前に、若の琴線に触れかねなかった。 「わざわざ、ありがとうございます」 「いんえ。それに俺も、ご学友とお話してみたいと思ってたんですよ」 「僕と、ですか?」  けぶるほどの睫毛を瞬かせるご学友は、そこらへんの女よりも綺麗に整った容姿をしている。ムダ毛どころか産毛さえ生えてなさそうなつるんとした肌は、年頃の娘を思い出した。 「えぇ。若は、学校でどうです? ちゃんとやってけてますかね?」 「そうですね……風紀委員長っていう役職に就いて、皆をまとめていますよ」 「委員長! それってアレでしょ、会の一番偉いやつ。いやぁ、俺ぁ学がなくってね、学校生活ってのに興味があるんですよ」  そうすると、ご学友は花開かせて笑い、いろいろなことを教えてくれた。  とても風紀委員とは思えない若だとか、運動会の様子に、いつも助けてくれるヒーローみたいだとか。  少しだけ声色の高くなったご学友は、本当に若のことが好きなのだろう。 「――紅葉君、遅いから迎えにきたよ」  若も、きっとご学友のことが一等大切なんだ。  卒業すれば許婚だの婚約者だのと煩く言う輩も出てくるだろう。  あんなにも柔らかく微笑む若なんて、見たこと無い。冷たい氷のようなお人だと思っていたが、どうやら違ったようだ。 「サイトウ、世話をかけたね」 「い、いえ……」 「サイトウさん、って言うんですね。ありがとうございました。風璃さんも来たし、ここまでで大丈夫です」  とても綺麗に笑う人、というのが、ご学友の印象だった。

ともだちにシェアしよう!