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「ところで、ファミレスってなぁに?」
紅葉の台詞に驚くトリオと、溜め息を吐く椿貴。そうだった、お坊ちゃんだった。
「え、ファミレス知らんとかありえんくない?」
「あー……ファミリーレストランっていう、家族向けのリーズナブルなお食事処?」
親切に教えてくれる穂澄の高感度が上がっていくのを尻目に、こっそりと椿貴の隣並ぶ貴奈子は小声で話しかける。
「ねぇねぇ、神原君。もしかして彼って天然? もしくはいいとこのお坊ちゃま的な?」
「紅葉のアレは天然ってより素。ついでにめちゃめちゃ箱入り息子だから」
「まじもん?」
「マジ。俺みたいなエセじゃなくて本物のお坊ちゃま」
何を隠そうあの綾瀬川学園に通っているのだ。それ以前も私立の初等部から中等部までエスカレーター式のお金持ち学園に通っていたのだからお坊ちゃまで間違いない。
椿貴が通っているのは地元の普通高校だ。本来であれば、兄と同じく綾瀬川学園に通うはずだったのを、わがままを言って地元の高校を受験した。
隣の席だった貴奈子を通じて、清水や穂澄と友人になったが、中学の友人に負けず劣らず濃いメンツに変わりない。
近場にファミレスは一店舗しかなく、清水たち以外にも顔見知りがいそうで椿貴は顔を顰めたが、紅葉がワクワクしているので良しとしよう。
中学の頃は、お互いの事情ゆえにあまり外で遊べなかったから、こういうのはとても新鮮だった。
「あたしのことは貴奈子って呼んでね。苗字、嫌いなの」
「きなこちゃん? 和菓子みたいで可愛いね」
ふんわりと、笑みを浮かべる紅葉に時が止まる。
「え、え、ねぇ、名前言っただけで褒められるとか初めてなんだけど。なに、この胸のトキメキ……!」
ブラウスの胸もとを握り締め、顔を赤くする貴奈子に溜め息を吐く。なんだか今日は溜め息ばかりだ。
こんなことなら家で大人しくしているべきだっただろうか。いや、家には兄さんがいる。兄さんと親友のイチャイチャを見るよりはマシに違いない。
「白乃瀬君って、どこのガッコー行ってんの?」
「綾瀬川学園の高等部だよぉ」
「綾瀬川!? チョー頭良いとこだし、チョーお金持ち学園じゃん!」
すっげー、と尊敬の眼差しを向けられる。
そういえば、綾瀬川学園ってビックネームだったのを思い出す。通っていたというだけで就職に有利だと以前おじさんが言っていた。
政界や財界で名を馳せる著名人が通っていた学園だ。
授業内容は一歩どころか十歩ほど先を行く最先端。短時間でスピーディーに行われる授業についていけなければ、大学部に進むことはまず無理だ。
「ふわふわしてそうなのに頭良いとか、ギャップ萌えじゃん」
「ぎゃ、ギャップ?」
「あ、簡単に例えるとねー」
彼ら三人と話していると分からない単語ばかりで、狭い世界で生きているのだと実感した、と後で感想を零す紅葉だった。
ファミレスとか、ギャップ萌えとか、新しいことを覚えた。椿貴は覚えなくていいと言うが、彼らの話すこと全て目新しくて面白い。
学園のお坊ちゃんたちとは違う空気を纏っているのだ。
「今度はゲーセンとか行こ!」
バイバイ、と手を振って別れた彼らに手を振り返す。
思ったよりも楽しかった。
ムードメーカーの清水が絶えず話題を振ってくれたおかげで退屈することもなかった。
最近の若者の間ではタピオカなるものが流行っているらしい。
残念ながら、ファミレスにはタピオカがなかったが、「とっても美味しいんだけど、カロリーがチョー高いの!」というきなこちゃんに興味がそそられた。
「煩い奴らだったでしょ」
「学園の子たちとも違って、新鮮で楽しかったよぉ」
にっこりと、笑って「僕の知らない椿貴の話も聞けたし」と付け足した。
溜め息を吐いて、呆れる椿貴のことがほんとは少しだけ心配だった。
それを口に出せば、「自分の心配しろ」と言われるのだろうけど、中学校のときはふたりして浮いていたから、連絡は取り合っていたけど高校で上手く馴染めているか、気にかかっていたのだ。
けど、清水たちがいるなら安心かな。
きちんと会話のできる友人がいて、ほっと胸を撫でたのはナイショだ。
「今度は、冬休みだからな。アイツらも楽しみにしてるだろうから」
「……そうだね」
曖昧に微笑んだ紅葉に、もう一度だけ椿貴は溜め息を吐いた。
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