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007
ついには隣の神原からも問い詰めるような目で見られ、酷く居心地が悪い。あれもこれも一澄の言葉足らずがいけないのだ。
いっぱいいっぱいの紅葉はじんわりと涙が滲んできそうな目で一澄を睨みつけた。
「あまり白乃瀬君を苛めないでくださいよ」
見かねた一澄が変わらぬ声音で言えば、全ての視線が一斉に向かう。
視線の集中効果から逃れられたことにホッとする。こういうことは慣れないのだ。人に見られることも、注目を浴びることも苦手だ。どうせ実家を継げばそんなこともなくなるのだが、高校で会計職に就くことになるとは誰も思わないだろう。
「疚しい関係じゃありませんって。俺の弟繋がりです。白乃瀬君と俺の弟の中学が一緒でクラスメイトだったんですって」
「弟……鷲尾 に通ってるっていう?」
「えぇ、そうです」
「え、蘭ちゃん鷲尾って、鷲尾大学附属高校? あそこに通ってるんですかー?」
「はい。藤野 君も一緒です」
「うえぇ……まじかー」
鷲尾大学附属高校とは綾瀬川学園と同系列の男女共学の高校だ。偏差値も高く名だたる進学校のひとつとして名を馳せている。閉鎖的で山奥にある綾瀬川学園とは違い、都内の賑やかなところにあるためか地元から通いたい学生には人気な学校だ。
聞きなれない名前は紅葉の中学の同級生である。わけあって今は連絡を取っていないかつての同級生たちがどこで何をしているのかわからない紅葉にとって、外から入ってくる情報は非常にありがたかった。
一澄の弟、蘭汰 は常にトップの成績を保っていたし、鷲尾に行くだろうとなんとなく予想していたが、まさか藤野も一緒だとは思わなかった。二人は『中学メンバー』の中でも良識的ではあったが、積極的に関わりたいとは思わない。
・・・・・・関わりたくないのは二人だけでなく、中学メンバー全員に言えることだが。
「……あのさぁ、一澄の弟って一澄蘭汰君であってる? ついでに、藤野君って藤野遙一 君?」
「そうですけど……あ、神原にも弟いたんでしたね。白乃瀬君とよく遊びに来てましたよね」
今度こそ、思考が停止した。
ギギギ、と油の切れたロボットみたいにぎこちない動作で神原に顔を向ける。
蘭汰の家に一緒によく遊びに行った中学メンバーなんて言えばひとりしかいない。逆にどうして今まで気がつかなかったのか。
「え、神原さんにもおとう、と……うわぁ……え、もしかして弟って、椿貴 ?」
「うわぁ……意外と世間は狭いものだね」
神原の弟だったらしい神原椿貴 は、自他共に認める紅葉の親友だ。椿貴とだけは、今もこまめに連絡を取り合っている。
なんとも言えない顔で黙り込んだ二人はまさかの繋がりに内心驚いていた。
神原と椿貴は特に仲のいい兄弟とも言えず、椿貴から兄がいるという話は聞かなかったし、また同様に神原からも弟がいると聞いたこともなかった。
一澄はと言えば、仲が良すぎるほどのブラコン兄弟。蘭汰はもちろん、兄までブラコンなのだとは実際に会うまでは知らなかったのだが、とにかくやばいの一言に尽きる。お互いが好きすぎて気持ち悪いレベル。キモイではなく気持ち悪い。
紅葉も上に三人、下にひとり弟がいるが、一般家庭並の仲の良さだと思う。上三人は上三人で仲が良いし、下の弟も至って普通、と言いたいところだがブラコンである。過度のブラコンである。紅葉に対してだけブラコンである。
「とりあえず坪田は何からツッコんだらいいと思う?」
「白乃瀬が名前呼びしてることじゃないか?」
「やっぱりそれだよねぃ……」
妙な沈黙の広がった会議室に咳払いが一つ。
親衛隊総隊長が有無を言わさぬ笑顔で先を促すのだ。この中で誰よりも愛らしい姿をしているのに背後には包丁を研ぐ般若が見えた。
「クロストークもほどほどにしたらいかがです? 会計様をあまり困らせないようにお願いしますよ、保村さん」
柔らかい声音のはずなのに、黒い何かが滲み出る声色に保村は総隊長から即座に顔を背けた。
名指しされたわけじゃないのに背筋を走った悪寒に、知らず知らずのうちに視線を逸らしてしまっていた。
「……会計君、疑っちゃってごめんね」
「い、いえ、だいじょぶでーす……」
こっそりと謝罪をしてきた保村がなんだか不憫に思えて仕方がない。
「僕たち親衛隊としては、鬼ごっこに賛成です」
「……なぜでしょうか?」
「だって、立食パーティーだったら嫌でもあの宇宙人の意地汚い食べ方を見なきゃならないじゃないか」
宇宙人と言い切ったぞこいつ!
だが確かにもっともな意見だ。
綺麗好きな生徒たちからしてみれば日之の食べ方は下品極まりない。汚い食べ方を嘲笑したりするならまだしも、生徒たちは本気で嫌悪し無表情になるのだから質が悪い。
実際に先ほど、食べカスを口だけでなく髪にまでつけて食べている姿を見てしまった紅葉も、眉根を寄せて同意を表したが、意見を変えるまでには至らない。
「意義あーり」
立食パーティーに手を上げていた美化委員長や保村も総隊長の意見に賛同しており、鬼ごっこへと寝返ったようだ。この野郎。
一進一退することのない会議に、神原がへらりと笑って手を上げた。
「総隊長さんの意見はごもっともなんだけどさ、鬼ごっこだと風紀が大変なわけよ。宇宙人には当たり前だけど風紀二、三人つけて、保護しなきゃいけない生徒にも一人、学園敷地内で鬼ごっこするなら見回りには総動員させなきゃならないとなると、人手が足りないんだよねぇ」
「一番の問題は人手ということだねぃ……。あ、じゃあ坪田んとっから風紀に貸し出したらいんじゃねぇの?」
これぞ「名案だ」と朗らかに言った舞南に殺意が沸いた。余計なことを……!
無言を貫く紅葉に誰も気がつくことはなく、三年生の間だけで話はどんどん進んでいく。
「俺はぜんぜん構わないぞ」
「ほんと? そうしてもらえると風紀としてはすっごい助かる。ありがと坪田ー」
「体力が有り余ったものたちばかりだしな」
図書委員会は校内マップとしおりの作成、新歓中の実況を放送部委員会が。学級委員長委員会はクラスの統率、点呼などを主に。美化委員会は保健委員会の補佐。
各々の委員会の役割を確認し、疑問などを話し合ったり話が脱線して雑談してしまっているうちに会議はあっという間に終了した。
「――それでは、企画内容はこれで最終決定となります。当日、頑張りましょうね」
細かい事案や計画を決めたところで、精神的に疲れる結果となった会議はお開きになる。
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