11 / 82
009
「白乃瀬センパイ、おはようございます」
げんなりと息を漏らす紅葉の元へやってきたのは久しく姿を見ていなかった表情の乏しい後輩。
「新田 じゃん! おひさぁ」
「お久しぶりです。図書委員長も、おはようございます」
「うん、おはよう新田君」
ツンツンした黒髪に目尻の垂れた真っ黒い目。日本人らしからぬ彫りの深い目鼻立ちの整った顔立ち。彼は生徒会書記を務める唯一の一年生である新田透 。
気が抜けそうになる垂れ目がうっすらと笑みを浮かべてたどたどしい言葉を紡いだ。
「生徒会の仕事、任せきりにしてしまってごめんなさい。白乃瀬センパイがちょうど実家のほうに帰ってたので言えなかったんですが、英国に行ってました」
「え、英国?」
ほんとに海外行ってたよ。
「何しに行ってたの?」
「レックス校に、行ってました」
レックス校――英国の全寮制男子校 だ。首都中心部に位置し、ゴシック様式の校舎や礼拝堂など、各界に多くの著名人を輩出している英国一の名門校。全校生徒五十人程度の少数精鋭で、綾瀬川学園とは良好な関係を築いている。
レックスとは獅子座α星レグルスの語源であり、『王』という意味だ。王を輩出する学園、という意味から命名されたとも言われている。
新田が何をしに行っていたのかは気になるところだが、真っ先に思い浮かべたのは英国に留学中の弟。こまめではないにしろ電話で連絡を取っている弟は件のレックス校中等部に通っており、あそこの学校は中高一貫で寮も校舎も同じだったから知らないうちに新田とすれ違っていたりしたかもしれない。
「センパイの弟さんに会った、んですけど、その、なんていうか……」
なんて、思っていた矢先。
弟と新田の邂逅が仕組まれたものなのかどうなのか、二人は出会っていた。
言葉を濁す新田がなにを言いたいのか察し、思わず苦笑した。
「ブラコンでしょぉ? うちの若葉 君」
兄の自分ですらたまにドン引きするくらいの。
なんとも言えない表情で頷いた新田に一澄は同情し、一度だけ紅葉にくっついて遊びにやってきた『兄にはデレデレでドロドロなクセに他人にはツンツンどころかグサグサな白乃瀬の弟』を思い出した。
昔から弟は僕の知り合いには厳しかったからなぁ、と何かしら嫌味や皮肉の一つを言われたに違いない後輩には慰めの言葉をかけておく。
「白ちゃん弟いたんだね」
ひょこっ、と一澄と紅葉の間から顔を出した人物に新田はびくりと肩を震わせた。
会計に書記に図書委員長に風紀委員長。ランキング上位生徒が四人も集まっている光景に周囲のざわめきがどんどん大きくなる。
「図書委員長、俺たちはあっちに行きましょうよ」
一澄の返事を聞く前に手をとって、逃げるように言葉を交わす間もなく去っていってしまった新田。
神原と新田の間に何があったのか、一方的な苦手意識を神原は持たれてる。その苦手意識はかなり根強い物なのか、新田は『対神原レーダー』でもあるかの如くの逃げっぷりを毎回毎回見せてくれる。
そそくさと舞台裏に逃げ込んでいった後輩の背中を寂しそうに見つめる神原がしょんぼりしているように見えて少しかわいそうに思えてしまった。
聞けば中等部の頃、初対面の時からあんな反応らしい。
「ご愁傷しゃまです」
こんな時に噛まなくたっていいだろう僕。
「しゃま?」
「……ご愁傷様! です!」
「白ちゃんまじ可愛いわー」
「噛んだ僕へのあてつけか何かかですかコノニャロー」
脇腹に拳を叩き込もうとしたが軽々と回避され、紅葉はぶすっ頬をふくらませた。たとえあたってとしても鍛えている神原にしてみれば痛くも痒くもないのだろうが、そのことを考えるとまた自分の非力さに落ち込んでしまう。
会計様と風紀委員長様の他愛ないじゃれあいに生徒の列から黄色い声が上がるのはご愛嬌。カメラのシャッター音が聞こえたが気にしていたらキリがない。
「あはは、そうゆうのが可愛いって言ってるのにー」
「神原さんは相変わらずカッコイイですねぇー」
「白ちゃんは相変わらず可愛いねー」
どこのカップルだと言いたくなる茶番に肩を竦めて会話を投げ出し、先に行ってしまった二人のあとを追いかけるべく舞台裏へと足を進めた。
チラリと背後に目を向ければ、手を振っているからつい振り返してしまう。
ともだちにシェアしよう!