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風立って嵐-01
「いつ戻るの?資料室」
大型犬が尻尾を振って走り寄ってくるような程で、皐月が奏衣のところにやってきた。
「おまえの撮影会が終わったらだよ。人気だったんだな『皐月先輩』」
「いやこれは、いつ戻んのかなーって俺の方が奏衣を待ってて、暇そうだからじゃんじゃん声かけられるだけで」
話しているうちにまた声がかかり、皐月は輪の中に引っ張って行かれてしまった。
卒業式を終え、皐月がテニス部の後輩たちに囲まれているのをぼんやり眺めていた。ツーショットの写真を撮ってくれと頼まれ、皐月が笑顔で答えているのを何度見たか知れない。
テニスボールに油性マジックでサインまで欲しがる下級生もいる。どうするつもりだ、それを。
1ラケットで壁に叩きつける
2神棚に祀る
3どうにかして気持ちよくなるために使う
どうでもいいけど。奏衣にしてみれば『記念』的なものを残したいという感覚自体が謎だった。しかも皐月のネーム入りボール。要らない。恐ろしく要らない。
余っているボールを校舎の壁に当てては投げ暇を潰していたら、いきなり腕を掴まれた。
「一緒に写真撮ろ、奏衣」
自分で奏衣と呼べと言っておきながら、まだ慣れない。皐月が意識して呼んでいるせいもある。その度周囲の空気が微妙に揺れる。
「いや、俺は…」と言ったときには、皐月は後輩にスマホを渡していた。どんな顔をしていいのかもわからず投げやりな視線をレンズに向ける。ぐいっと肩を寄せる皐月はいつも通り満面の笑みを浮かべているのだろう。
「後で送るね」
「要らない」
「え、ひっど。送るから消さないでよ。戻ろっか」
消したりはしないけれど、機種変するときに無くなりはするかも…と、思いながらわざわざ皐月には言わなかった。
「俺、これ待受にしよー」
「それはやめろ」
人の話は全く聞かず、早速待ち受け設定している。画面の上を滑る指を見ながら、この手が奏衣に触れたがることを不思議に思う。
皐月の見た目はよく言えば『陽』の印象が強い。日差しに透ける髪は自然な茶色で、日本人にしては程よく彫りが深くて目はぱっちりしてて。
悪く言えばチャラい。髪は長めで制服は着崩しているし、人好きする愛嬌はあるが、どこか信用しきれない呆れるほどの調子良さ。三股かけていると言われても普通に信じる。あいつならやりかねないなと。
けれど、『ヤらせて』と、あられもなく強引に迫ってくる割りには、こわごわ触れてきて、気持ちを通い合わせたキラキラしたキスなんかに憧れている超ロマンティストだ。
『奏衣先輩』
先輩呼びしなくていいというのに、一年間その呼び方を通された。本当の意味で名前を呼べる時を待っていたのだと言う。本当の意味とかいう意味がわからない。奏衣はチャラい男の乙女な思考に驚いた。
何度無下にあしらっても皐月はいつも奏衣の前で笑っていた。だから冷めた顔で別れを告げられたとき、焦ったのかも知れない。
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