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風立って嵐-02
視聴覚資料室の扉を閉めた瞬間、DVDが並んだ棚に押し付けられて、唇が寄せられた。息継ぎがうまくいかないせいと言うよりも、ぎゅうぎゅう胸元を締め上げられているから苦しい。不器用なやり方で、濡れた唇が荒々しく奏衣を捉え、逃さない。
殺す気か!
制服の胸を強く押して距離を取り、大きく息を吐いた。
「おまえなぁ!手加減しろよ。てか、胸ぐらを掴むな!ただでさえ運動部のおまえに比べて、こっちは肺活量少ないんだよ。背中も痛いし。大事に扱えよ!」
「大事にしてますって。でも手加減なんかできるわけないじゃん。奏衣とふたりきりになれて、襲いそうなくらいなんだから。一応奏衣が答え出すまで待つつもりではいるけど、あんまり待たせたら、力づくで無理矢理押し倒すから覚悟しといて」
めちゃくちゃな言い分だ。
「どんな宣言だよ。それよりおまえ、もう一回スカート履けよ」
「もー奏衣ってばー、俺のスカート姿が見たいの?やだっ、変態っ。写真撮ってもいいよ。いつでもそれ見て抜・い・て」
急にオネエ口調になってからかってくるので、勢いよく皐月のカバンを投げつけてやった。それを難なく受け止め、皐月はからりとした笑顔を見せる。
「あぁ、見たい、見たい。さっさと着替えろ」
「てきとーだなぁ」
ぼんやり卒業式に参列していると、やや冷静になって、どうしてこんな成り行きになったんだろうかと疑問が生まれた。ずっと好きだったと言われて腹が立ったのに、今日でお別れかもなと思っていたのに、自分も好きなのかも?という気にまでされてしまった。謎だ。
こうしていつの間にか皐月に取り込まれていた。最初は男とつきあっていたことをネタに脅されえて、まとわりつかれるのも嫌でしょうがなくて、邪険にしていたのに。
天然で明るくて憎めない皐月を少しずつ、しかたないなと許していくうちに、いつの間にか心ごと全部、罠にはまっていた。それは少しも嫌じゃなかった。嫌じゃないのが返って嫌になるほど。
頭の中に花が咲きまくっていた初恋とは随分違う。高校を卒業した男が恋心がどうとか言うのも気持ち悪いし、こんなものかなとあっさりと奏衣は受け止めた。
もう予想外の言い合いは十分で、もう一度スカートからすんなりと伸びる、健康的な足を触ってみたい。特別な性癖はないはずだけど、奏衣の手に顔を歪めたり、ため息を零す皐月をもう一度見てみたい。
触れた瞬間湧き上がったのは、興味とも快感とも言い難い、花の蕾が綻ぶようなささやかな悦びだった。
そこにはちょっと意地悪な気持ちも含まれる。意地悪な花ってどんなのだろう。毒々しい赤い花?きっと楚々と咲く桜ではないはずだ。
素直にスカートに履き替えている皐月を待つ間、二階の窓から花びらを落とす桜を見ながら奏衣はどうでもいいことを考えていた。
空は雲ひとつない青空で、感慨に浸るべきはずの卒業の日に、馬鹿な遊びをしようとしている自分たちを笑っているみたいに見える。
後ろから、体をぴたりと付けて抱き込まれる。いきなり首筋に埋められた顔が熱い。足のあたりに当たる布の分量の違いで見なくてもスカートが揺れているのがわかる。
「俺、紳士的なつもりだけど、健康的な男子高校生、じゃもうないのか…男だからさ、わかるでしょ?あんまり煽ったら何するかわかんないから、気をつけてね」
『誰が紳士的だ』という減らず口は、首筋に当たる熱を持った息に溶けてしまった。なんだろう、この感じ。
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