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年越し 1
今年の年末年始は、佐々木さんに頼まれてタロと2人で稲荷神社のお手伝いをすることになった。
12月31日の夜、タロが作ってくれた年越しソバを食べ、別々に入浴を済ませた俺たちは、しっかりと厚着をして神社へと向かった。
去年はまだタロが時々しか人間に変身できなかったし、31日まで郵便局で年賀状の仕分けのバイトをしていたので、あまり年末年始らしいことをしていない。
せいぜい元日の夜に人間に変身したタロと一緒に奮発してすき焼き(餅入り)を食べたくらいだ。
稲荷神社に初詣に行ったのも、商店街の店が開く1月4日だったので、年末年始の神社がどういう様子なのかはよく知らない。
「宮司さんの話では、元日の昼頃まで参拝者の方に御神酒 やお菓子を配ってお接待するそうですよ。
僕は授与所(註:お札お守り売り場)の係ですけど、学さんには地域の氏子総代 の人達と一緒に参拝者のお接待をやって欲しいそうです」
「なるほどな。
じゃあ詳しいことは向こうで総代の人に聞くよ」
そうこうするうちに神社についたので、まず2人で拝殿にお参りして、それぞれの持ち場に移動する。
お接待のテントには、すでにお酒やお菓子や料理が並べられていた。
料理は商店街の店から神社と地元の人たちへの一年の感謝の印として提供されているそうで、寿司屋の細巻きや肉屋の煮豚、ケーキ屋のクッキーなど、ちょっと摘めるようなものがたくさん用意されている。
まだ参拝者がほとんどいなかったので、今のうちにどうぞと勧められて俺も白い平たい盃で御神酒をいただき、料理も摘ませてもらった。
さすがにプロの料理でどれも美味しくて、この料理目当てに参拝に来る人も多そうだ。
11時半を過ぎると参拝者が増えてきた。
この近所の人たちは、紅白を見て、近所のお寺で除夜の鐘をついて、それからこの神社に初詣に来るのが定番になっているらしい。
こうやってお接待をしていることは特に告知しておらず、近所の人たちや商店街の常連がクチコミで知っているだけなので、ニュースで見る有名な神社の初詣のように人が多くて動けないということはないが、それでも次々と参拝者が来る。
0時になって年が明けると太鼓が鳴らされ、宮司さんが拝殿の前で新年のあいさつをした。
境内のあちこちでも、顔見知りの人同士が新年のあいさつを交わしている。
俺もタロにあけましておめでとうを言いたかったが、お互い忙しくてそれどころではないので、後でゆっくり言うことにする。
参拝者にお酒を注いだり追加の料理を運んだりと忙しく働く間にも、商店街の顔見知りの人に会って新年の挨拶をしたり、合間に総代のおじさんが「寒いから体をあっためないと」と言い出してみんなで御神酒を飲んだりして、新年らしさも味わっている。
深夜2時近くになって参拝者も減ってきたころに、総代の役員さんに声をかけられた。
「松下さん、明日の朝も出てくれるんだよね?
そろそろ暇になって来たし、宮司さんもそろそろ寝る頃だと思うから、松下さんも抜けてもらっていいよ」
「そうですか?
じゃあ、お先に失礼します」
「うん、ありがとうね」
そうして俺は周りの総代さんたちに挨拶すると、タロと佐々木さんがいる授与所に向かった。
授与所では窓口には総代さんが座っていて、その後ろで佐々木さんとタロが売上金を数えていた。
タロは眠そうに目をしょぼしょぼさせながら小銭を数えたので、俺も手伝う。
「太郎くんも松下さんもありがとうございました。
それじゃあ、寝ましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
今夜は社務所と繋がっている佐々木さんの自宅で仮眠させてもらうことになっていたので、俺とタロは売上金を持った佐々木さんの後ろをついていく。
「そちらの客間に布団を敷いておきましたから。
トイレと洗面所はそちらです。
それではおやすみなさい」
「はい、ありがとうございます。
おやすみなさい」
「おやすみなさいー」
眠たくて挨拶が舌ったらずになっているタロに持ってきた歯ブラシで歯を磨かせ、トイレを済ませて客間に入る。
敷いてある布団が1組だけだったのはちょっとアレだが、まあ佐々木さんは俺たちのことをよくわかっているから今更だろう。
「ほら、タロ、もう寝るぞ」
「はいー」
2人で一緒に布団に入ると、タロがくんくんと鼻を鳴らした。
「ご主人様、お酒の匂いがします」
「ああ、さっき外で寒かったから、ついつい飲んじゃって。
酒くさいよな、ごめん」
「ううん、いいです。
ご主人様、いつもよりあったかいし」
そう言いながら、タロは俺の胸に顔をこすりつけて来たので、抱きしめて頭を撫でてやる。
「さ、明日も早いし寝るぞ。
おやすみ」
「おやすみなさいー」
返事をしてすぐに、タロは犬の姿に戻って寝息を立て始めた。
酔っ払ってても、やっぱり犬になるとタロの方があったかいなと思いながら、俺もすぐに寝てしまった。
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