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年越し 2
6時半にセットしたアラームで目が覚めた。
タロもまだ犬の姿のままではあるが、目を開けてこちらを見ていた。
「おはよう、タロ」
「おはようございます。
あ、それと、あけましておめでとうございます」
「あ、そうだった。
夕べ言おうと思っててすっかり忘れてたな。
あけましておめでとう。
今年もよろしくな」
「はいっ。こちらこそよろしくお願いします」
「うん。
さて、もう起きないとな」
「はい」
俺たちは布団を出ると身支度をして、借りた布団を畳んだ。
タロは当然人間の姿に変身済みだ。
まだ寝ている佐々木さんを起こさないように静かに部屋を出て、社務所の方に移動する。
冷蔵庫に確保してもらってあったお接待の料理で朝食を済ませ、2人で授与所に入った。
深夜から早朝まで授与所の係をしていた総代さんから引き継ぎをして、タロと俺ともう1人の総代さんと3人で授与所に座る。
交代した時はまだ朝早かったので参拝者は多くなかったが、時間が経つにつれ徐々に増えてきて、10時に拝殿の中でお祭りが始まる頃には、境内は多くの参拝者で賑わっていた。
拝殿の外でお祭りに参列している人もいるが、授与所に来る人も多くて忙しい。
俺と総代さんはお守りを売るだけで精一杯だが、タロは普段から神社を手伝っているだけあって、参拝者から質問されても慌てることなく答えている。
普段から神社によく参拝している人が、タロに新年のあいさつをしに来てくれたりもして、タロがいつも神社でがんばって働いていることがうかがえて嬉しかった。
途中で昼食を交代で食べながらお守りを売っていると、2時頃に隣町の稲荷神社とうちの庭の稲荷神社のお祭りに行っていた佐々木さんが帰ってきた。
「太郎くん、松下さん、ありがとうございました。
明日もまたお願いしますね。
お供えのお下がりですみませんが、おうちの方に酒屋さんおすすめの日本酒を置いて来ましたから、よかったら飲んでください」
「あ、ありがとうございます。
それじゃあ、お先に失礼します」
俺とタロは今更だが初詣ということで拝殿に参拝して、それからうちへと帰った。
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うちに帰って庭の稲荷神社にもお参りすると、俺たちは2階に上がって昼寝をすることにした。
さすがに疲れていたので2人ともすぐに寝てしまう。
目が覚めると、もう夕方になっていた。
お腹が減っていたので、1階に降りて晩ご飯の支度をする。
俺が雑煮の汁を作っている間に、タロが餅を焼き、佐々木さんが置いていってくれたお酒を準備してくれる。
「よし、出来たぞ。
食べようか」
「はい、おせち出しますね」
タロが冷蔵庫からおせちを出し、俺たちはテーブルについた。
2人で「いただきます」と手を合わせた後、タロがおせちの入ったプラスチック容器のフタを開ける。
重箱がないので入れ物はなんだが、中身は伊達巻、黒豆、煮しめなど、定番のおせちがぎっしりと詰まっている。
「おー、すごい。本格的だな。
タロ、がんばったな」
「はい。
でもこれだけ出来たのは吉田のおばあちゃんが教えてくれたからで、僕1人じゃ作れなかったです」
「それでもすごいよ」
タロは年末に神社で仲良くなった吉田さんの家に行って、一緒におせちを作って来たのだ。
吉田さんは1人暮しで、すでに結婚している息子さんも正月は仕事が忙しくて会いに来ないため、もう何年もおせちは作っていなかったそうで、タロと一緒に久しぶりにおせちが作れてよかったと喜んでくれたらしい。
「どれがタロのオススメなんだ?」
「えーっと、全部食べて欲しいですけど、僕は黒豆が一番美味しかったです」
「どれどれ……あ、ほんとうまいな。
ふっくら炊けてて、甘すぎなくて、俺も好きだな」
「よかったです。
ご主人様が作ってくれたお雑煮も美味しいですよ」
「うん、これ、汁も悪くないけど、餅がうまいよな。
奮発して和菓子屋さんの餅買ってよかったな」
そうやって話をしながら楽しく食事を続け、お雑煮を食べ終えたところで日本酒に切り替えた。
酒屋さんオススメというだけあって、すっきりとして料理によく合う美味しい酒だ。
「うん、うまい。
タロも飲むか?
お正月だし」
「そうですね。
それじゃあ、せっかくですから少しだけ」
酒に弱いタロのために小さなおちょこを出して酒を注いでやる。
タロは一口飲むと「おいしいです」と顔をほころばせた。
おせちをつまみながらちびちび飲んでいるうちに、2人ともいい気持ちになって来たので、食器を洗うのは後にして、おせちだけ冷蔵庫にしまってソファに移動した。
お互いにぴったりと寄り添って、テレビのお笑い番組を見ながら笑っていたが、そのうちにタロは犬に戻って眠ってしまった。
「うーん、まあ、昼寝はしたけど、疲れてるところに飲んだらそうなるよなあ」
気持ちよさそうな顔でむにゃむにゃ言っているタロの尻尾が2本になっているのは、完全に酔っぱらっている証拠だ。
本人も弱いのはわかっているので、あまり飲んでいなかったが、疲れていたせいで酔いが回りやすかったのだろう。
俺は寝ているタロにフリースのひざ掛けをかけてやると、立ち上がって静かに食器を洗い、歯を磨いてパジャマに着替えてきた。
今日は俺も少し酔っぱらっているし、風呂は明日でいいだろう。
タロをそっと抱き上げたが、タロは「ふぅん」と鼻を鳴らしただけで目を覚まさなかった。
俺はそのままタロを起こさないように、静かに2階へと上がった。
そんなわけで俺とタロは、慌ただしいけれども、ある意味すごくお正月らしいお正月を過ごしたのだった。
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