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畑
◇以下3話分、蛇足的な話です。◇
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「そう言えば、畑は作らないんですか?」
神社にタロを迎えに行くと佐々木さんに誘われたので、3人でお茶しながら雑談していると、佐々木さんからそんなことを言われた。
「ああ、確か前に住んでた人は庭の真ん中辺りを畑にしてたんですよね?
俺は畑とか全くやったことがないんでよくわからないんですけど、あんな日当たりの悪いところで野菜が育つんですか?」
「野菜といっても色々ありますから、ものによっては日当たりが悪く大丈夫なものもありますよ。
それに、あそこは御神域ですからね。
敷地全体に神様の力が満ちているので、植物が育ちやすいんですよ」
「あー、そう言われてみれば、椿も南天もやたらたくさん花と実をつけてましたね」
俺が佐々木さんの説明に納得していると、隣に座っていたタロが口を開いた。
「ご主人様、僕、野菜育ててみたいです」
「お、そうか?
それじゃあ、畑作ってみようか」
「よければ神社のクワをお貸ししましょう。
種は確かドラックストアに少し置いてあったと思います」
「あ、ありがとうございます」
そうして俺たちはクワを借り、ドラックストアで種を買ってうちに帰った。
「とりあえず、今日のところは試しに少しだけ耕せばいいか」
「はい」
庭の中央の元々畑だったところを借りてきたクワで半畳分くらい耕して草や石をどけ、土に植木用に買い置きしてある肥料を少し混ぜて、一応畑らしきものが出来たので、2人で種を半分ずつまく。
ドラッグストアで買ってきたのは『レタスミックス』の種で、サニーレタスやグリーンリーフなど数種類のレタスの種が入っている。
大きく育てるのではなく、小さくて柔らかいうちに食べるので、1ヶ月くらいで収穫できる初心者向けの種だ。
タロは細かい種を真剣な顔でまき、慎重に薄く土をかぶせている。
最後にホースのシャワーモードで出来るだけ優しく水をまいた。
ホースでは強さの調節が難しかったので、ジョウロも買ってきた方が良さそうだ。
「これで1ヶ月後には、サラダがたくさん食べられますね!」
「うん。
それに、半月くらいしたら密集してるところを間引かなくちゃいけないんだけど、それも食べられるんだって」
「へー、楽しみですね!」
「うん、そうだな」
そしてその日は、タロと2人でネットで日当たりが悪くても育つ野菜を調べ、どれを作るか相談しながら夜を過ごした。
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「ご主人様!
畑、もう芽が出てますよ!」
翌朝、起きてすぐ畑を見に行ったタロが、興奮した様子で俺を呼んだ。
「うわ、ほんとだ。
昨日まいたばかりなのに早いなー」
「きっと神様のおかげです!」
「そうだろうなあ。
さすがに普通は1日で芽は出ないだろうし。
神様にお礼言わないとな」
そういうわけで俺たちは庭に降りて、2人でお社にお参りをした。
タロは畑の様子が気になって仕方がないらしく、その日は何度もガラス戸越しに畑を眺めていたし、昼寝も外の犬小屋に行っていた。
そんなに何度も見ても1日やそこらで大きくなるのが目に見えるわけでもないのにとは思ったが、タロがそうやって楽しみにしている様子が微笑ましかったので、そっとしておいた。
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「わ! もうあんなに大きくなってますよ!」
さらに翌朝、畑には10センチ近くに成長したレタスがひしめき合っていた。
「うわ、一晩で育ち過ぎだろ。
これ、もう間引かないと」
俺は台所からボウルを持ってくると、タロと一緒にレタスが詰まり過ぎてるところや他のレタスに押されてあまり育ってないものを間引いていった。
間引いた小さなレタスは、さっそく洗って朝ご飯のサラダにする。
「お、うまいな」
「はい!
採れたてで柔らかくて美味しいです」
「あれだけ早く育つとなると、しばらくは毎日食べられそうだな」
「そうですね。
毎朝採れたてサラダが食べられるなんて贅沢ですね」
などと、その日はのんきなことを言っていたのだが。
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「うーわー……」
「すごいです!
このサニーレタス、八百屋さんで売ってるのと同じくらい大きいですよ!
こっちはサラダ菜かな?」
昨日10センチほどだったレタスは、今日はもう出荷出来そうなサイズにまで成長していた。
若芽を食べるはずだったのに、種をまいて4日でここまで大きくなるなんて、いくら神様の助けがあるとしてもあんまりだ。
「と、とりあえず大きいやつは収穫してしまおう。
2人じゃこんなに食べ切れないから、佐々木さんにもおすそ分けしようか」
「はい!」
俺たちは朝食前に育ちきったレタスを収穫した。
レタスは20個近くあったが、収穫した後の畑にもまだ小さいレタスの葉がたくさん残っているので、放っておいたら明日もまた大きいレタスが収穫できそうな気がして、ちょっと怖い。
収穫したレタスを1つ取って半分に割ってみたが、中までぎっしり葉っぱが詰まった立派なものだった。
山盛りのレタスサラダの朝食を食べた後、神社へお手伝いに行くタロと一緒にレタスが2つずつ入ったビニール袋を両手にさげて神社に向かった。
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「4日でこの大きさですか……」
おすそ分けに持って行ったレタスを見た佐々木さんは、さすがに絶句していた。
「あの、前にうちに住んでた人が作ってた時も、こんなにすぐに大きくなったんでしょうか?」
「いえ、前の方 の畑は普通でしたよ。
『日当たりが悪い割には出来がいいから、土がいいみたい』とはおっしゃっていましたが。
おそらく今回は、タロくんが作った畑だからと神様が張り切って力を注いだのでしょうね。
母はタロくんのことを随分と気にいっているようですから」
「やっぱり、そういうことなんですか。
けど、さすがにこれは力を注ぎ過ぎのような気がするんですが……」
「まあ、母も最近は神通力を使う機会が少なくて力が有り余っているようですから、気にしなくてもいいと思いますよ。
タロくんも野菜がたくさん採れた方がいいですよね?」
「はい!
神様のおかげで美味しいレタスがいっぱい食べられてうれしいです!」
「うーん……。
まあ佐々木さんがそうおっしゃるんなら気にしないことにしますけど……」
若干納得できないものを感じながらも、タロも喜んでいるので、まあいいかと思うことにする。
その後、俺たちはホームセンターで野菜の種を買い込み、色々な野菜を少しずつ育てることにした。
日替わりで色々な野菜を次々と収穫できるので、タロは毎日張り切って料理をしてくれている。
時々採れた野菜を庭の稲荷神社にお供えして神様に感謝しつつ、俺たちは毎日ありがたく神通力のこもった野菜をいただくのであった。
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