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第2話

広瀬は、銀座のデパートの五階のエスカレーターの脇に立っていた。 ぞろぞろと大勢の女性たちがそのフロアにおり、すぐそこにあるチョコレートの特設売り場に、文字通り「詰めかけて」いる。 熱意すごい、と広瀬は思った。あの中に入って無事に欲しいものを買うことは至難の業だろう。 ぼんやりと売り場を見ていたら、声をかけられた。 「広瀬」 顔をあげると手を挙げている男がいる。白いシャツ、黒いスラックス、黒いロゴ入りのエプロンをしている。 彼は、広瀬の数少ない大学時代の友人で名前は入江だ。 大学を卒業してからはIT系企業に就職していたのだが最近転職したのだ。 その転職先が、チョコレートなどの高級菓子の小さな輸入商社なのだ。そして、取引先のバレンタインチョコレートの販売を手伝っているのだ。 美味しいチョコレートなんだ、と入江に誘われて、転職した彼の様子をみるのもかねて、広瀬はデパートにやってきたのだ。 「このところ毎日これくらいの混雑だ」と入江は言った。「今年はいつもよりもすごいらしい」 彼は広瀬を案内しながら言う。「高級なチョコレートが飛ぶように売れるんだ。一年で一番の稼ぎ時」 それから、人ごみの中にあるショーケースの前に来た。 驚くほどに値段の高いチョコレートだ。それを女性たちがためらいもせずに買っていく。 「最近は、彼にあげたり、義理チョコしたりだけじゃなくて、友人にあげたり、自分で食べたりするんだ」と入江は解説してくれる。 「自分で」こんな小さくて高いものを。 「自己チョコとかそんなような呼び方。ほら、あるだろ。自分へのご褒美ってことだよ」 広瀬はうなずいた。それは、よく聞く。多くの人が自分に褒美を与えているのだ。 「せっかくだから、俺も買ってみようかな」と広瀬は呟いた。 入江はうなずく。「とっておきのを出すよ」 入江は、ショーケースの奥に入り、すぐに戻ってくる。 「そういえば、お前、チョコレート好きだったよな」と彼は言った。「チョコレートっていうか、それ以外でも食べ物ならお前何でも好きだけどな。このチョコレート、俺の会社の一押しなんだ。めったに日本でも食べられない高級チョコレート」 きれいな楕円形の箱だった。金色のロゴが付いている。広瀬はお金を払い、チョコレートを受け取った。 入江は元気で楽しそうだった。IT企業にいたときは、あまり楽しそうじゃなかったから、よかったな、と広瀬は思った。

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