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第4話

広瀬は丁度夕食を終えたところだった。 自分と彼の二人分お茶を入れた。冷蔵庫の奥からこの前のデパートで友人の入江から買ったチョコレートをとりだした。 浴室からでてきた東城は、自分を見て止まっていた。「広瀬、お前?」聞いた。 「なんですか?」そう言いながら四角い宝石のように美しいチョコレートをつまみ、口に入れた。 入江がお勧めするだけのことはある。抜群の味わいだ。濃厚なチョコ、中には甘酸っぱいラズベリー。口の中で溶けて調和する。絶妙だ。目を閉じて舌だけで感じたい。 東城の声がする。「その、チョコレート、くれるんじゃないのか?」 広瀬はびっくりして眼を開けた。「どうして俺が?」 何言ってるのだろう、この人。 「今日は、バレンタインだろ」 「知ってます」 こんなにいっぱいチョコレートが贈られてきているのだ。わからないはずないだろうに。 「それ、お前が買ったんだよな」 「はい」と広瀬はうなずいた。 「で、自分で食べてる」東城は心底不審そうな顔をしている。 「自分で自分に買ったんです。自己チョコっていうらしいですよ。最近は、義理チョコだけじゃなくて、友達に贈る友チョコや自分で食べる自己チョコといった習慣を作ろうとしているんです。バレンタイン商戦でチョコレートメーカーが消費者を飽きさせないようにしているんです」 そう説明したが、東城は黙ったきりだ。ぽかんという感じともちょっと違う。なんだろう。 広瀬は考えた。 「まさか、食べたかったんですか?」と思いついたことを口にしてみた。 「食べたかったっていうか、」と彼は言葉を濁す。 「そうですよね。チョコレートなら、ここにこんなにあるから、どれか開けますか?でも、東城さん甘いもの控えてるって言ってましたよね」 そう言いながら、ローテーブルの上のチョコレートの箱の山を示した。 東城は、まだ、黙っている。 それから、広瀬の横に腰かけて、ソファーに背を預けた。 おまけに深いため息をつかれる。広瀬が悪いことをしたみたいだ。そんないわれはないのに。

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