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第47話 引かれてる……?

   遠くで、水の流れる音がする。  意識が徐々にクリアにになっていくとともに、それがシャワーの音だとようやく気付いた。 「……ん……」  一季はもぞりと上半身を持ち上げて、ひとつあくびをした。そしてバスルームから聞こえてくるシャワーの音に、耳をそばだてる。 「泉水さん、起きてるんだ……。あれ、まだ七時……? 休みなのに早起きだなぁ」  今日は連休の最終日。  外はすっきりと晴れ渡っているようだ。濃紺のカーテンから透ける太陽の光で、部屋の中はまるで水の中のように見える。  一季はもう一度枕に頭を落とし、はぁ……と一つ息を吐いた。まだ、頭がぼんやりしている。  ――シャワーってことは……泉水さん、裸ってことだよな……。そういえば、まだ全裸を見たことがないような気がする……。見てみたいなぁ……。  泉水に初めてフェラチオをした日から、すでに三日が経過している。  あの日はぐいぐい積極的に泉水を攻めることができたけれど、その後の三日間は、まるでそういう雰囲気になれていない。  あの日は、卓哉と相対し、言いたかったことを言い放ち、過去ときちんと決別できた。気分がすごく高揚していたから、一季もいつになく積極的になれたのだ。  あんなふうに、自分から相手を気持ちよくしたいと思えたのは、初めてのことだった。だからこそ、自分から口淫を申し出るという離れ業をやってのけることができたのだが……。  この三日、一季と泉水は、軽いキスくらいしか交わしていない。  一季としては、この連休中にもっといやらしいことをしてみたい……いや、はっきり言ってしまえば、泉水とセックスしたいと望んでいる。  だが、一季は一季で、なかなかに奥手な性格なのだ。ああいった非日常的な盛り上がりに背中を押されなければ、『フェラしたい』などの恥ずかしいことは口にできない性格である。  ――今、シャワーしてるとこに突撃したら、エッチなことできるかな……。あの細マッチョボディにシャワーの水滴とか、最高だろうな……エロいなぁ。濡れた身体でぎゅってされたら……ハァ……っ。  そう、一季は欲求不満なのである。  今夜こそ、今夜こそ……と、毎晩入浴時に後ろを慣らして準備していた。心も身体も、泉水の巨根を受け入れるための準備はバッチリだったのだ。今日こそはと拳を握りしめつつ、リビングで待つ泉水の元へ戻るのだが……。  ある日は、民放で流れていた人情映画を見て、泉水はさめざめと涙していた。そのため、そういう雰囲気になれず……。  とある日は、合コンで惚れた女の子にフラれた田部が連絡を寄越してきて、明け方まで居酒屋で愚痴を聞かされることとなり、そういう雰囲気にはなれず……。  そんなこんなで、一季は性欲を持て余しているのである。というか、自分がこんなにムラムラできてしまう体質であったのかということにも、一季は内心驚いていた。  これまでは、人肌恋しさや将来への不安に急かされて、一夜の相手を探し求めていたものだ。けれど、その時はムラムラしていなかった。気持ちの面での寂しさが先に立ち、肉体の欲求はほとんど感じたことがなかった。なのに今は……。  ――はぁ……エッチしたい。エッチしたい……。泉水さん、やっぱりフェラで引いちゃったのかなぁ。だから僕が誘う前に、すぐ寝ちゃうんだろうか……はっ、ひょっとしたら、寝たふりをして僕が手を出せないように、予防線を張っているのでは……。  しゅんとしながら、一季はタオルケットをかぶって膝を抱えた。  ここまで純情を貫いてきた泉水に、きっとフェラチオはやりすぎだったのだ。『気持ちいい』と言ってはもらえたけれど、きっと、無理をしていたに違いない。自分ばかりがムラムラといやらしい気分になっていて、泉水の繊細な童貞心に気づけなかったのだ……と、一季は後悔のため息をついた。  だが、夜はそういう感じでも、日中はとても楽しく過ごせている。  泉水に街を案内がてら、一緒にショッピングに出かけたり。レンタカーを借りて、ちょっと遠出をしてみたり……おとぎ話の如く楽しい毎日を過ごしている。  あまり運転する機会がなく、久々のドライブにおっかなびっくりの一季に対し、泉水は「去年まで田舎暮らしやったから」という理由で運転も慣れたものだった。  ハンドルを握る泉水の姿に惚れ惚れしたり、遠出した先で回った土産物屋やカフェで和やかに過ごしたり、普段は見られない海や山の風景に癒されたり……。  いつでも笑顔で傍にいてくれる泉水が、愛おしくて、可愛くて、胸が踊った。心を許しあえる恋人を得て、一季はとても幸せだった。これまでの寂しさが嘘のように、満ち足りた時間を過ごせている。  ――そうだ、これ以上求めるなんて、欲張りだよなぁ……。泉水さんは、こういうプラトニックな関係のほうが安心するんだろうし……っていうか、最初にそう求めたのは僕なのに。『セックスなしで』っていう条件を出したのは僕なのに……っ……ハァ……でも、したい。泉水さんとエッチしたい……後ろが疼いてきちゃうよ……。  泉水の裸を想像し、この間味わった泉水の興奮の味を思い出してしまえば、一季の後ろはきゅんとひくつく。朝立ちも手伝って、ペニスの方にもじくじくと熱がこもって、泣きたいような気分になってきてしまった。  ――あぁ……どうしよう、泉水さんが戻るまでに、イケるかな……。こんながっつり勃ってたら、びっくりされちゃうし……。 「……ん……」  そっと股座に手を伸ばすと、しっかりと芯を持っている感触がそこにある。一季はためらいつつも、コットンパンツとボクサーパンツの中に手を差し込み……。  その瞬間、リビングとバスルームを隔てるドアがガチャリと開き、半裸の泉水が戻ってきた。  一季は仰天して、大慌てでパンツから手を引っこ抜いた。 「……ふう……。あっ、一季くん……お、起きてはったんや」 「おっ…………おはようございます……」  泉水は下だけ黒いジャージを履いているが、上半身は完膚なきまでに裸だった。首にかけたタオルで髪を拭いながらベッドに腰掛ける泉水の広い背中は、男らしくて、最高に格好がいい。すぐさま素っ裸になってひっつきたいという欲望が、もわもわと湧いてくる。 「すんません、勝手にシャワー借りちゃって。なんや寝汗がひどくて……」 「あ、いや、ぜんぜん……どうぞいくらでも……」 「水の音で起こしてしもたんかな。……まだ七時ですもんね」 「い、いえ……」  そう言って、泉水は一季の頭を軽く撫でた。大きな手で優しく頭を撫でられ、心地良くて、むずむずと甘えたい気持ちが全身を支配する。  小さな水滴が付着した泉水の肌は、しっとりと艶かしい。生白い自分の肌とは違い、泉水の健康的な肌色は、殊の外セクシーだ。  引き締まった腰回り、六つに割れた腹筋、なだらかに盛り上がった胸筋……それらのそこここに玉のような水滴がくっついて、きらきらと泉水の裸体をきらめかせている。  爽やかな朝にふさわしい笑顔にさえ、凄絶なエロスが宿っているように見えてしまう。自分の欲求不満は末期だと感じた。真っ赤に火照りそうになる顔を、一季は両手で覆う。 「一季くん? まだ眠いん?」 「…………い、いえ……あの」 「ん?」  ――あぁ……なんていい身体してるんだ、泉水さん……。眩しくて見てらんないよ……!   目を閉じても、泉水の肉体美がまぶたの裏から消えていかない。生身の肌を目の当たりにして、一季の熱はさらにじくじくと温度を増している。  ――抱かれたい……挿れてほしい…………って、まだ何もされてないのに、中がひくついて切なくなっちゃう……。 「一季くん? もうちょい寝る?」 「…………寝たい」 「そうやんな、まだ早いし。ほな俺、パン屋で朝飯でも買って……」 「……泉水さんと、寝たい……」 「え?」  顔を隠していた手を外し、隠しようがないほどに発情してしまっている己の肉体を持て余しながら、一季はじっと泉水を見上げた。

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