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〈2〉……泉水目線

   海はいい。  波打ち際に立ってみれば、波に揺られて白い海砂が足をくすぐる。太陽が眩しければ眩しいほど、澄んだ海水はひんやりと心地よく、すぐにでも水の中へ全身を滑り込ませたくなるものだ。  しかし今の泉水は、海と戯れている暇はないのである。  すぐそばで、恋人である嶋崎一季が、教務課VS財務課という職員メンバーで、三人制のビーチバレーを繰り広げているからだ。  ビーチへ出てくるや否や、ビキニ姿の見知らぬ女性たちにまとわりつかれて困っていたのだ。そのため浜へ出てくるタイミングが遅れてしまった。  夏の海は人を積極的にするもので、後から後から若い女性がついてくる。だが、いくら豊満な胸やくびれた腰を見せつけられても、泉水の拍動にはまるで変化は現れないのである。  ――……くっ……あの教務課長のオッサン、一季くんとハイタッチしよった!! あっ、あかん、めっちゃデレデレスケべな顔してるやんんん……!! あかん、セクハラやセクハラ!! ほらほらほらほら!! めっちゃ一季くんの尻とか脚とか見てんもん!!   年齢は様々だが、コートの中にいるのは全員男性職員。海だから当然なのだろうが、ほぼ全員が上半身裸である。痩せていたり鍛えていたり腹が出ていたりと様相は様々だが、その中でも、一季のスタイルの美しさは素晴らしく際立っている。  しかも一季だけが、ラッシュガードを着用して、ストイックに肌を隠しているのだ。誰よりも肌を隠しているのに、なんというエロスだろうか。泉水は生まれて初めて、ラッシュガードが途方もなく性的な着衣に見えることを知った。  肩から腕にかけ、青い流線型のラインが入ったデザイン。それは、一季のしなやかな痩身に完璧にフィットしている。太ももから膝上までを隠すのは、淡いグレーのハーフパンツタイプの水着で、そこから伸びる生足も、ほっそりとして魅惑的。きゅっと引き締まったふくらはぎや尖ったくるぶしを惜しげもなく露わにしながら、一季は白い砂の上を駆け、全身をバネのように使って跳び、身体をしならせてボールを撃ち、男性職員らと爽やかにハイタッチをしているのだ。  あのストイックなスポーツウェアの下に、清らかかつ淫ら極まりない薄桃色の乳首であるとか、あまりにも感じやすい麗しの美肌を隠しているのかと思うと、なんだか無性にムラムラしてしまう。その上、いくらスポーツの最中とはいえ、一季の肉体の他の男が手を触れるということが許しがたく、泉水は複雑な思いを抱えつつ、周囲に群がる女性たちに生返事を返していた。 「嶋崎くん、ナイスレシーブ! 運動できるんだね、意外〜〜!」 「ほんとほんと〜!! 学生時代とか毎日図書館通ってました〜みたいな見た目してんのにね〜!」 「 キャーー!! すごいすごい!! スパイクまで打てるの!?」 と、周りで黄色い声をあげながら観戦している女性職員たちの声が、泉水の不安を駆り立てる。  ――ちょ、……ちょお待ってや……。こんなん、一季くん、今以上にモテてまうやんか……!! 『清楚な見た目だけど実はスポーツ出来るんです』みたいなギャップ萌えとか見せつけられたら、女の人らだけやなくて男まで惹きつけてしまうやん……!!   と、ハラハラしながら一季の姿に見惚れていると、まさにその瞬間、田部が砂の上にダイブしながら苦労して上げたボールに向かって、一季が果敢に飛びかかった。財務課がネットぎわでブロックに飛んだ瞬間、一季はぐっと膝を曲げて溜めを作る。そして財務課チームが落下し始めたところで、ひょいと器用にボールをネットの向こうに押し込んだ。  フェイントが決まり、教務課チームから「うおおおお!」と雄々しい声が上がった。年上の職員らに頭を撫で回されたり肩を抱かれたりしている一季もまた、スポーツマンらしく爽やかな笑顔である。 「嶋崎さんすげーー!! ちょーハンパねぇっす!! 抱いて!!」 「ちょっ! わぁっ!」  そこへぴょーんと身軽に田部が飛びつき、一季は勢いに負けて砂の上に倒れ込んでしまった。  一季よりも背の高い田部(しかも半裸)に砂の上で押し倒されているという絵面も事案だし、田部の発言も聞き捨てならない。  泉水はすーーーーはーーーーと大きく深呼吸をすると、ざ、ざっと熱い砂を踏んでコートの方へと向かい、上半身を覆っていた濃紺のパーカーのジッパーを一気に引き下げ、バッと男らしく脱ぎ捨てた。  すると、コートの周りで黄色い声をあげていた女性職員達が、一斉にけたたましい悲鳴をあげた。「ギャァァァア!! 塔真先生が脱いでる!! 脱いでる!!」「眩しいッ!! 思った通りの見事な筋肉ッ……!! 眩しいぃぃぃ!!」と大騒ぎだ。  だが泉水の耳にそれは届かない。  一季を組み敷いている田部の元へとズンズン足を進めつつ、泉水は鼻息を荒くしながら腕組みをしてこう言い放った。 「オモロイことやったはりますやん。俺も混ぜてもらっていいですか?」  憤怒の形相で突然現れた泉水のほうへ、一季と田部が同時に目を向けた。  一季はぽっと頬を赤くして、「ふおぉ、い、泉水さん……」と呟き、田部は泉水の鬼の形相を見てサッと顔色を青くするや、ササッと素早く一季の上からどいた。  + 「泉水さん、バレーもできるんですね。すごいなぁ」 「……いや、一季くんほどじゃありませんよ。びっくりしました、めっちゃうまいから」 「いえいえ、見よう見まねで」  セクハラ(疑惑)教務課長を追い出して、一季・田部・泉水の三人でチームを組み、財務課の若い職員らに圧勝したのである。  そして今は、ようやく一季と二人きりだ。  二人でしばしシュノーケリングを楽しんだ後、ビーチにちらほらと並んだパラソルの下で、のんびり潮風に当たっているところなのである。  ここは売店などからは離れた場所で、人気もそんなに多くはない。太陽の盛りも過ぎた時刻であるためか、ついさっきまでわいわい賑やかだった子どもたちの姿も、ずいぶんまばらになり始めていた。  田部は果敢にナンパへと出かけているし、年配職員や教授陣はすでにホテルへ引っ込んでいる。女性につきまとわれていた泉水の周りも、今はようやく静かになった。  それにしても、カラフルなレジャーシートの上で白い脚を投げ出す一季の姿は、いかんともしがたいほどに麗しい。ぴったりと肌を覆うあの布地の下を暴いてみたいという欲求をこらえつつ、泉水は必死で爽やかな笑みを浮かべていた。 「それにしても、泉水さんて、本当に女性にモテるんですね」 「いや……まぁ、昔からこれが苦痛で」 「ははっ、確かに大変そうでした」  そう言って眉を下げる一季の髪は、海水でしっとりと濡れている。少し伸びた前髪がまつげに引っかかっているのを見て、泉水はすっと手を伸ばした。  すると、一季の瞼に指先が触れた。一季はぴくん、と驚いたような顔をして、ほんのりと頬を赤らめている。 「あっ……」 「あっ、いや、あの、前髪、前髪よけよと思っただけで!! べ、別に変な下心があって触ったわけじゃ……!! 公衆の面前でおかしなことをしようとしたわけでは決して……!!」 「あっ、いえ、ああ、前髪……すみません」  そう言って苦笑する一季であるが、彼の頬は今も赤いままだ。なんとなく照れ臭くなって、泉水がにへらと顔を緩めると、一季もまたぽわんと愛らしく破顔した。  「……あの」 「ん? なんですか?」  一季はちょっと困ったような笑みを浮かべて、少しだけ泉水のほうへ身体を近づけた。人目を気にしつつも、友人や同僚としてのギリギリの距離感を保とうとしているらしい。  十数センチの距離感で、一季はトーンを低くした小さな声で、こんなことを囁いた。 「公衆の面前で申し訳ないんですけど……正直、今、ちょっとエッチな気分です」 「………………え?」 「泉水さんに触りたくて触りたくて……もう、落ち着かないっていうか」 「えっ、えぇぇぇ…………?」  唐突に一季が色っぽいことを言い出すものだから、泉水はグワっと刮目した。  すると一季は頬を真っ赤に赤らめながら、膝を抱えてしまう。 「裸は……まぁ、ちょっとずつ見慣れてきたんですけど。こういう場所で、水着とか着てるのを見てると……なんか、ドキドキしちゃいますね」 「ほっ、ほんまですか……!?」 「はい、泉水さんの身体、すごくかっこいいから……。こんな素敵な人が恋人で、いつも優しく抱いてもらえてるのかって思うと、なんか、改めて……興奮してしまって……って、すみません、こんな所でこんなこと」 「ふぐぅ………………」  一季の言葉が嬉しくて嬉しくて、全身から蒸気が出てしまいそうに高揚した気分だった。泉水が両手で顔を覆って一人身悶えていると、一季が「だ、大丈夫ですか!?」とそっと肩に触れてきて……。  泉水の肌は、敏感に一季の指先の感触を拾い上げ、全身をぶるるっと震わせた。 「あうっ…………♡ だ! だだっ、だいじょうぶですよ!! 大丈夫!!」 「そ、そうですか? 泉水さんの肌、すごく熱いですけど……熱中症じゃ……」 「いや! いやいや!! そんなんちゃいますて! ただ、ちょっと興奮してしもただけで!!」 「興奮?」 「あっ…………ええと、まぁ、はい……そうですね。一季くんに褒められると、テンション上がりすぎておかしくなりそうになるから……」 「そ、そんな大げさな……」  一季は膝を抱えたまま苦笑しているが、確かにさっきよりも目は潤んでいるし頬が赤い。なんなら、表情がすこぶる性的である。  艶めかしく溢れ出す色香を察知してしまえば、泉水の性欲のほうにもあっという間に飛び火して、ムラムラムラと欲望が高まっていくのもまた事実で……。  泉水はちら……、と一季のほうへ目をやり、そしてたどたどしい口調でこう言った。 「手……て、ててっ……手、ぐらいなら、どうやろ。……こ……こっそり繋ぎませんか……?」 「へっ?」 「ほら、周りもだいぶ人も少ななってきたし……ちょっとくらいなら、いいかなと……」 「あ……はい!」  一季はキラキラと目を輝かせ、心底嬉しそうに返事をした。  素直で天使な笑顔が間近で花開き、あまりの美しさときらびやかさに目をやられそうだ。なんという愛らしい存在だろう。内なる泉水は、「うぉおおおおおおお!!!」と雄叫びを上げ、両手で顔を覆いながら砂浜の上をゴロゴロゴロゴロと転がりまくっているが、なんとか爽やかな笑顔を保って見せる。なんならついでに鼻血を垂らしそうになったけれど、なんとか耐えた。  そうこうしていると、レジャーシートの上に置かれた泉水の手に、そっと、一季の指が近づいてきた。周囲を窺っているのか、おずおずとためらいがちに絡みついてくる指のひそやかな感触で、泉水の胸にはきゅんきゅんとときめきが満ち溢れている。  ――あ、あ、あ、あああ、アカーーーーーン………………!! な、なんやこの甘酸っぱい感じ……ッ……!!! こ、こっそり人目を忍んで海で手ぇつなぐとか…………せ、青春やん……ッ!!! あかん、ときめく……一季くん可愛すぎて萌え禿げそうや…………ッ……!!!  ――し、しかも……指の絡め方がエロい…………っ!! ガッと握ってくるんとちゃうくて、指先だけでこっそり甘えてくる感じ……どっちゃくそかわええええええ…………!!! し、しかも、うッ……ううっ……なんちゅう可愛い顔してはんねん……!! そ、そんな、そんな誘惑するような顔でこっち見られたら俺、俺ッ…………!! 公衆の面前やのに、俺ぇっ…………!!!  問題なのは、甘酸っぱさにときめくと同時に、股間がぎゅんぎゅんと滾ってしまっていることである。ちょっと指を絡めているだけでこのざまだ。めでたく脱童貞したというのに、これではあまりにチョロ過ぎるではないか。もうすぐ三十路に手が届こうかというのに、これではあまりにも格好がつかない。 「泉水さん……手、すごく、あつい……」  しかも、熱い吐息交じりに一季がそんなことをこっそりと囁くものだから、泉水の股間はさらに盛った。その上こっそりと絡められた指先で、泉水の指の股をすりすりといやらしく愛撫してくるのだからたまらない。  泉水はハァーーーーハァーーーーーとアブなすぎる吐息でなんとか肉体を宥めすかしつつ、ごくりと喉を鳴らし、一季からそっと目線を外した。このまま目を合わせていては射精してしまう。 「だ、だって、こんなん、なんやドキドキしてまいますわ〜〜〜。あははは〜〜〜ちょっと手ぇ繋いどるだけなのに、変ですよね俺!! あはははは〜〜」 「いえ、僕も……すごくドキドキしてますよ? ドキドキしすぎて、今すぐ、ここで泉水さんに……エッチなことされたいなぁ、なんて…………」 「うぐぅッ………………!!」  白い砂浜と青い海、そしてやや日の落ちかけた空をバックに、一季はとろけるように甘い笑顔を浮かべた。  泉水は思わず一季をレジャーシートに押し倒し、上半身を隠すラッシュガードの胸元にきつくきつく吸い付く。  そして、「ぁ、だめっ!! こんなところで……っ……♡」と身を捩りながらも乳首をツンツンに硬くする一季のそこを、ねっとりと舐めしゃぶり、音を立てながらきつく吸い上げた。  すると一季は、「ぁあんっ♡ だめですよっ……こんなとこで、エッチなんて……♡」と甘い声で泉水を叱る。そんな一季を喘ぎで黙らせ、麗しの太ももをいやらしく撫で上げ、ついには海水パンツの中に手を差し込んだ。  そして剛直した己の欲望を一季のペニスに強引に擦りよせながら、そのまま一季の尻の割れ目に指を這わせ、いつも泉水を受け入れるあのいやらしい後孔を――――  …………といったような、『ビーチで着衣エロ』妄想が一気に花開きそうになったが、泉水は鋼の理性で助平心を押しとどめ、必死で爽やかに微笑んだ。あまりにセクシーな一季の微笑みに、泉水の下半身はもはや暴発寸前だ。これ以上はもう持たない。あと一回一季が性的なことを口にしようものなら、家族連れも多く訪れる健全なビーチのど真ん中で、うっかり射精してしまいかねない……!  泉水はスックと立ち上がり、海に向かって声を上げた。 「す!! すみません!! 俺!! もういっぺん泳いでくるんで!!! もっかい泳いで頭(と股間)冷やしてくるんで!!! すんません!!!」 「えっ? あ、泉水さん!?」  そして泉水は、うおおおおおおおと謎の咆哮をあげながら、夕暮れ時の海へと突っ走って行ったのであった。

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