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節分SS『恵方巻きの食し方』
「わぁ、太いですね」
「ふ……ふとい、ですね……」
その言葉に他意がないことくらい、泉水にも分かっている。
目の前にでんと置かれた黒い棒状の食べ物にはぎゅうぎゅうと海鮮が詰まっていて、実に美味そうだ。だが、確かに太い。
そう、一季は別に、淫らなものを見てそんなことを言っているわけではない。これはただの恵方巻き、ただの海苔巻きである。
恵方とは、陰陽道でいう福の神・『歳徳神』がおわす方向を示すものだ。歳徳神はその年の福徳を司る神であり、そちらに向いてことを行えば、全てが吉と出ると言われている。
恵方を向いて巻き寿司を食すこと――ここ最近、全国に広まった新たな節分の風習だ。元は関西発祥の行事であるため、東京育ちの一季にはあまり馴染みがないらしい。
「僕、恵方巻きって初めてです」
「あ、そ、そうですか。最近は関東の人らも普通に食べはるみたいやけど、ご実家ではしはりませんでしたか?」
「実家じゃやったことなかったなぁ。これ、丸かじりするんですよね?」
「そ、そ、そうそうそう! 良い縁を切らへんようにっていう意味で、包丁とかで切り分けんとかじって食べるんですわ。その間喋ったらあかんとかいうけど、まぁそこまでは気にせんでもいいと思います」
「へえ〜」
一季が物珍しそうに、極太の恵方巻きを白い指で持ち上げた。たったそれだけのことで、泉水の股間にカッと大量の血液が巡ってくる。
初めての節分イベントだからと張り切ったせいで、その恵方巻きは相当太い。持ち上げた一季の口に入りきるかどうかも危うい太さだ。
ずっしりとしたそれを手に取って、しげしげと全体を観察する一季の表情はニュートラルだが、これはだめだ。もうだめだ、絵面が淫らすぎる。
――あ、あかんあかん……落ち着け俺……。一季くんは、節分行事やから極太恵方巻きを食べはるだけなんや……! へ、変な想像したらあかん。あかんで俺……!!
泉水はすーーーーはーーーーと深呼吸をして、努めて爽やかな笑顔を浮かべた。
「ほ、ほな食べましょか。今年の恵方は東北東です! ええと、こっちかな」
「へへっ、なんか面白いですね。じゃ、いただきます」
「いただきます……」
スマートフォンに内蔵された方位磁石で方角を確認し、二人で顔を見合わせて合掌する。一季と当たり前のように、季節イベントを過ごせるようになった幸せで、泉水の顔はでろでろに緩んでいる。
しかも、一季の手には極太の海苔巻きだ。泉水は自分の海苔巻きなどほったらかしで、食い入るように一季の顔を見つめていた。
ずっしりとしたそれに恭しく手を添えて、一季が小さく口を開く。だが、そんな控えめな開き方では極太の海苔巻きが口に入るわけがない。一季はやや顔を上げて海苔巻きを少し持ち上げ、さらに大きく口を開いた。そして……。
「はむ……ん」
「……っ……」
慎ましやかな一季の唇に、禍々しくも極太い海苔巻きが入っている――!! 泉水は思わず、自分の海苔巻きそっちのけで、一季の姿を直視した。
一季はやや苦しげに眉を寄せ、目を閉じて、あむ、あむと海苔巻きをかじろうとしているのだが――
「ンふぅ……ッ……」
――あ、ああああアカーーーーーーーーン!!!!! な、なんちゅう……なんちゅうエロさや……ッ……!!! こ、こんなもん、外や実家で食べたら絶対あかんわ……!! エロッ……エロすぎるやろ犯罪やで……!!!
淫らな光景に、泉水の全身がカッカカッカと熱くなった。頬を赤らめ、苦しげに黒い棒状のモノを咥える一季の姿に、泉水は激しく興奮してしまっているのである。
自分のモノをそうしてしゃぶってくれている時の一季の姿を思い出すとともに、『誰のものとも知れない肉棒をしゃぶらされている一季』という不届きな妄想にまで火がついて、興奮するとともに激しい嫉妬心が生まれてしまい、泉水は内心「ぬおおおおお」と謎の悶絶を繰り広げていた。
食いちぎろうにも、具が多いので、なかなか上手くいかないらしい。あむ、あむと顎を動かしつつ、苦しげかつ淫らな吐息を漏らしながら、一季はようやく一口恵方巻きを齧り取った。
そして、ふぅ……と色っぽい吐息を漏らしながら、もぐもぐとそれを咀嚼し、涙目で泉水を見上げる。その妖艶な表情に、泉水はぐわんと脳天をぶん殴られたような気分になった。
「おいしいですね」
「そっ……そう、ですか……よかった……」
「でも、ちょっと太すぎて……。すみません、食べるの時間かかっちゃいそうです」
「ぜっ……全然いいんですよ!! こちらこそすみません!! つい欲張って、具沢山のやつ買ってもて……!!」
「ううん、すごく美味しいです」
と、頬を赤らめつつ優しく微笑む一季の麗しさに、泉水は思わず土下座をしたくなった。
こちとら、黒い棒状のものを頬張る一季をガン見して、薄汚れた欲望を滾らせているだけなのに。徳の神様から天罰が降り注ぎそうな勢いで興奮しているというのに、一季の清らかさときたらどうだろう。
泉水は、己の汚らわしい欲望を振り払うように、ガブリと恵方巻きに食らいついた。すると一季が、「わぁ、ワイルドだなぁ」と感嘆の声を上げている。
「さすがですね! 男らしい食いっぷりだなぁ」
「い、いえいえ……一季くん、口小さいから大変やんな。なんなら切って食べても……」
「でも、泉水さんとの縁が切れたら嫌だから、最後まで丸かぶりしますよ」
「……い、一季くん……」
一季の優しさに感動するもつかの間、一季が再び「ん、……んぐ……」とか「ふっぅ……ン……」とか「ふといなぁ……でも、おぃひい……ん」なとど悩ましげな声色を出しながら巻き寿司を食すものだから、泉水の股間はすっかりすごいことになってしまった。
欲望を散らすべく、勢いよく恵方巻きを平らげたものの、その熱はまるで消えてはいかない。こんなにもペニスを大きくしながら恵方巻きを食べるのは、泉水にとっても初めての経験である。
――はぁ……あかん、したい、エロいことしまくりたい……!! はっ……でもあかん、節分て、そんな日ぃとちゃうやんか……!! 鬼は〜外〜とか、福は〜内〜とか、豆撒くやつやん……!! 恵方巻き食べてエロいことする日とちゃうで……!! バチあたんで俺……!!!
「泉水さん、どうしたんですか?」
「えっ……!? べ、べべっ……別に何も……っ!!!」
「あの……僕」
ふと見ると、恵方巻きを平らげた一季の頬がいまだに赤い。貸しっぱなしの大きめのパーカーの下で、一季の部屋着の脚が、もじもじと不自然に動いている。
「……ごめんなさい。なんか、えっちな気分になってきちゃって……」
「え………………エッ?」
「ご、ごめんなさい!! 恵方巻き食べてる泉水さん見てたら、なんかムラムラしちゃって……。そ、それに……これ食べたら、なんか……泉水さんのも、食べたくなってきちゃったっていうか……」
そう言いつつにじり寄ってきた一季の指先が、ゴリゴリに膨れ上がった泉水のペニスをつうっと撫でた。それだけであっという間に射精しそうになるのをぐっとこらえて、泉水は「んっ」と呻きつつ腰を引く。
「ご、ごめん。俺も実は、一季くんが恵方巻き食べてるとこ見て、めっちゃ興奮してました……」
「……あ、やっぱり?」
「ご、ごめんな! キモいやんな!! け、けど別に、一季くんにエロいことさせようとしてこんなもん用意したわけじゃないねん! ほんまに、ただの季節の変わり目といいますかなんといいますかそいうものを一緒に祝いたいと思っただけで……!!」
大慌てで言い訳をしようとした泉水の唇に、ちゅっと柔らかなものが押し当てられる。ハッとして言葉を切れば、一季が照れたような笑顔を浮かべて、間近に泉水を見つめていた。
一季はするりと泉水の膝の上に乗り、棒状に硬くなってしまった性感帯に柔らかな尻をすり寄せる。そして、泉水の耳元で、甘く甘く、こう囁いた。
「分かってます。……でも、泉水さんを興奮させちゃった責任は、しっかり取らせてくださいね?」
「………………ふぐぅ…………」
思わず、派手に鼻血を垂らしてしまった泉水である。
もはやそれにも慣れっこな一季に丁寧な介抱を受けたあと、二人は熱い熱い節分の夜を過ごしたのであった。
おしまい♡
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