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第14話 受け止めたい〈泉水目線〉
「あ、あの……確認しときたいことがあるんですけど」
調子が整うまでに二、三分かかったが、泉水は意を決して、一季に尋ねてみることにした。一季がさっき口にした台詞の中で、ものすごく気になった部分についてだ。
ひとしきり泣き喚いて多少落ち着いたのか、一季は泉水の問いかけに顔を上げ、泣きはらした赤い目でこちらを見上げた。その泣き顔は儚げで色っぽく、できることなら、今すぐにでもにも一季をめちゃくちゃにしてしまいたいような衝動に襲われかけたが、泉水はぎゅっと唇を噛み締めて堪えた。
「……へ?」
「さっき言わはったこと……なんですけど」
「え……?」
「嶋崎さんは、その、俺と……その、セッ……せっく、セックス、してもいいって思ってくれてる……ってことですか?」
「……え」
「あっ! あ、あの、マグロやってことで悩んだはるってことは、……だいたい、分かりました。でも、さっき……俺とエッチしたらがっかりして捨てられる……みたいなこと言ったでしょ。それって……俺とは絶対したくないってことじゃなくて、してもいいかな〜くらいに思ってはるんかなっていうか、ええと……その……」
――うわ〜……また俺、やらかしてるんちゃうの……。もう、スパッと聞いたらええやん!! どうしてズバッと端的に男らしく質問できひんねん!! ただでさえ嶋崎さん酔っ払いやのに、こんな遠回しな聞き方じゃ伝わらへんやん……!!
ぎこちない沈黙が流れる。冷や汗をかきながらそんなことを訪ねる泉水をぽうっと見上げていた一季の目に、じわじわ、じわじわと、正気が戻って来るのが見て取れた。
泉水と負けず劣らずタラタラと変な汗をかきはじめた一季は、わなわなと唇を震わせて、絶望的な表情で泉水を見上げている。
「……あっ……ぼ、僕………へ、変なこと、言ってました……かね……」
「え、いや……変なことではないです。びっくりしましたけど……」
「っ……」
きれいに整った目を羞恥に揺らし、一季は腕を突っ張って泉水を遠ざけようとした。だが、今一季を手放してはいけないような気がして、泉水はとっさにその手首を掴む。いつになく強引な手つきになってしまったせいか、一季の表情が一瞬怯んだ。だが、泉水はどうしても、その手を離せなかった。
「俺は……っ! 嶋崎さんのことが好きです、大好きなんです。あなたがそばにいてくれはるっていうんやったら、嶋崎さんの嫌がることは絶対にしません」
「……」
「でも、もし……その、浮気されたときのこととか、マグロ……っていうか、せ、セ……セッ、性について悩みがあるんやったら、それ、俺に話してみてもらえませんか……?」
「えっ……」
「こ、こんな童貞に話したところで、どうなるっちゅうもんでもないってのは分かってるんですけど! でも、あんなに泣いてしまうほど悩んではることを、ひとりで抱えてて欲しくないんです。話してみたら、何か変わるかもしれへんし、ひょっとしてひょっとしたら、何か、解決する方法が見つかるかもしれへんし」
「……」
「だから……。も、もっと俺を頼って欲しいんです。童貞やけど、嶋崎さんのことを想う気持ちは誰にも負けへんつもりです。全部、受け止めたいと思ってるんです! だから……」
泉水は必死にそう訴えた。今感じていることきちんと一季に伝えたくて、とにかく必死に言葉を繋いだ。
そんな泉水の姿を、一季はまばたきもせず、ただただじっと見上げている。
数秒か、数分か、沈黙が横たわる。泉水にとっては途方もなく長く感じた静寂だが、実際はどれほどのものだったのだろうか。
一季が小さく息を吸ったことで、固まっていた空気が動く。何を言われるだろうかと身構えつつ、泉水はごくりと固唾を飲んだ。
「……泉水さん……」
「は、はい」
「……僕のこと、ぎゅっとしてもらえませんか」
「……ぎゅ…………って、あっ……はい! よ、喜んで!!」
間の抜けた返事をぶちかましてしまったことに、恥ずかしさと情けなさを禁じ得ない。だがその間抜けさが功を奏したのか、一季にようやくいつもの笑みが戻った。それにホッと安堵した泉水の顔からも、ようやく強張りが解けていく。
泉水は馬鹿力で掴んでいた一季の手首を慌てて離し、「ご、ごめんなさい、痛かったですよね」と謝った。すると一季は首を振り、自分からそっと泉水のほうへと身を寄せる。
そして泉水は膝立ちのまま、ぎゅっと一季を正面から抱きしめた。
「……はぁ…………」
ため息とともに脱力した一季の身体を、泉水はもう少し強く、抱きしめてみた。すると、するりと泉水の両腕が泉水の背中に回り、きゅっとシャツを握った。一季に抱き返してもらえたということだけで、泉水は昇天してしまいそうなほどに感激して、じわっと両目に涙が滲む。
――あ…………っ。うわ……嶋崎さんからも、俺のことを……ッ!! あぁ俺、嶋崎さんと、ちゃんと抱き締め合うてる……!
ほっそりとした肢体、火照りの冷めない熱い体温、そして、いつもより甘く感じる一季の香り。泉水は鼻先を一季の髪の毛に軽く近づけ、小さく頬ずりをしてみた。柔らかな髪の毛が肌をくすぐり、急激に愛おしさがこみ上げてくる。
これまでになく、一季の身体をしっくりと感じた。一季の身体にもこわばりはなく、泉水に体重を預けてくれているという感じがする。それがとても嬉しくて、幸せでたまらない。泉水がそっと手のひらで背中を撫でると、一季の両手に力がこもる。呼吸をするごとに鼻腔をくすぐる髪の毛の匂いが、またことさらに愛おしい。
「あなたはほんとうに、優しいんですね……」
「えっ……?」
「誰かに、そんなことを言ってもらえる日が来るなんて思ってもみなかったから……。すごく、嬉しい」
「……そ、そうですか」
「はぁ……あったかい。すごく、気持ちいい……」
一季はため息をつくようにそう呟くと、泉水の肩口に額を擦り寄せた。一季の存在を、こんなにも近く感じたのは初めてで、心臓が暴れ馬のように跳ね回っている。血液がぐるぐると盛んに身体中を駆け巡り、身体がカッと熱くなった。
特に熱いのは顔と頭と、そして股間だ。一季が泉水の必死を受け止めてくれたことや、しなだれかかる肉体を生々しく感じていること、しかも全身で甘えてもらえているという歓喜のあまり、泉水のそれは細身のデニムの中でパンパンにふくれ上がっているのである。
――うう、う……あかん……。嬉しすぎて鼻血噴きそうや……。で、でも、ちゃんと、ちゃんと、嶋崎さんの話を聞きたいねん俺は……!! 嶋崎さんにどんな過去があろうとも、俺はこの人を守りたい……!! 落ち着け、落ち着け俺……っ……!!
性的に興奮していることを一季に知られたくないがために、泉水は若干へっぴり腰になっている。若干つらい姿勢だが、一季と離れたくはない。ずっとこうして、一季を抱き締めていたいのだ。
だが、一季はふと腕の力を緩め、泉水の腕の中で顔を上げた。泣き乱れてぐずぐずだったこれまでとは違い、一季の瞳には理性が戻っている。だが、酔いのせいか泣いたせいか、端正な目元はまだ赤く腫れていて、まなざしにも力がない。その無防備さがそこはかとなく妖艶で、泉水は内心ウッと詰まった。股間がずくんと痛んだからである。
――ああああ、あかん……かわいい、むっちゃかわいい……。あぁもう、あかんわ、かわいすぎて、めっちゃムラムラしてるやん俺……! くっそぉ……収まれ俺……フル勃起しながら悩み聞くやつがどこにおんねんキモすぎるやん……!! ううう、くるしぃ……うう……。
「……さっきのご質問なんですけど……」
「あっ……はぃっ」
泉水から身体を離し、一季はその場に正座をした。幸い、泉水が興奮していることはバレていないようだ。泉水もつられて正座をしようとしたが、もっこり膨れ上がっている股間が窮屈すぎて息苦しく、体育座りでさっと誤魔化す。
一季は頬を赤らめながら膝の上で拳をきゅっと握り、かすかに声を震わせながら話し始めた。
「僕……できることなら、したい……です。……泉水さんと、セックスを」
「っ……!? はっ……ほ、ほ、ほんまですか……!!??」
うおおおおおお!!! とその場で派手なガッツポーズをしたくなったが、一季の不安げな表情を目の前にして、そんなことができるわけがない。嬉しさのあまりぴょんぴょん跳ね回りたくなる気持ちをぐっとこらえて、泉水は咳払いとともに姿勢を正す。
「はい……。でも僕……ぜんぜん、自信がなくて」
「じ、自信……ですか?」
「あの……これから僕が話すこと、泉水さんにとってはお聞き苦しいことかもしれないんですが、大丈夫でしょうか……?」
一季はふと泉水を見上げ、申し訳なさそうにそう言った。童貞かつ恋愛未経験者の泉水を相手に、性や浮気の話をすることに、一季はかなり気を遣っているようだ。
初恋相手の恋愛遍歴を聞くということは、泉水にとって苦行以外の何物でもない。しかも、泉水のような恋愛初心者かつ童貞者には、なおさらだ。
だが、それを乗り越えなければ、一季の悩みにきちんと向き合えない。
泉水は深く頷き、力強く言い切った。
「大丈夫です。全部、聞かせてください」
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