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何の音もしない。
時計の秒針。車。人の声。
暖房の振動音だけが響いている。
落ち着きを取り戻した壱也はやっと自分のおかれている状況を理解することができた。
すでに剥がしてもらったが目と口の粘着テープ。
今現在、手首は縄で縛られてベッドに括りつけられている。
誘拐。
気絶する寸前に嗅いだ刺激臭、あれで気を失い、体の自由を奪われてこの部屋へ運ばれた。
誘拐以外に何がある。
だけどその目的は?
壱也は考えるのをやめた。
頭の悪い自分は考え事が苦手だ。
じっと様子を窺うのが今の時点ではベストかもしれない。
そこは寝室だった。
壱也が拘束されているシングルベッドの斜め前にデスクがある。
吉崎はその前のイスに腰掛けてぼんやりしていた。
「……愛人?」
言われたときは動揺していてスルーしたが、今、不意に脳裏に蘇って、つい口に出してしまった。
吉崎は壱也に視線を落とした。
「今、やっと理解できた?」
端整な顔立ち。仕事のできるエリートのような。
十代の頃も壱也のように浮ついた日々を送らずに、勉強し、着々と未来に向かって進んでいたような。
「お、親父の……愛人?」
「そう。君のお父さん、彬野時夫さんと付き合っていた」
吉崎は漆黒の髪をかき上げた。
「君、似てないね。茶髪でピアスして、友達と遊んでばかりで。外泊も平気で続けるし。まぁ、そのおかげですぐ警察に通報されないで済むから都合はいいけれど」
愛人? 親父の?
だってこいつ男だろ?
親父がどうして男と付き合うんだ?
吉崎は苦悶する壱也を面白そうに見下ろしていた。
長い足を組んで頬杖を突いている。
その手元には人の一生を簡単に絶つことが可能なナイフが置かれている。
異様なギャップだった。
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