3 / 27

1-3

壱也の父親は中間管理職として商事会社に勤めている。 上からの無理難題をこなし、下を指導する多忙なポジションであり、週末だろうと出勤している。 壱也は毎日といっていいほど夜遊びし、帰宅時間が遅く、父親と顔を合わせることは滅多になかった。 たまに顔を合わせても大した会話などなかった。 自分の父親が男と付き合っていた。 男が男と付き合っていた。 不快でしかない。 「十四歳だっけ。まだ中学生。羨ましいな」 吉崎が立ち上がる。 壱也は身構えたが、彼はベッドを通り過ぎると窓際へ歩み寄った。 カーテンを開いて外を覗く。 「もう止んだかな。暗くて見えない」 独り言のように吉崎は喋っている。 窓に額を押しつけ、その冷たさを楽しんでいるようだった。 「雪、好きなんだ。みんな面倒くさがるけど。僕はいつもと違った日が過ごせるみたいで嫌いじゃない」 壱也は言い知れぬ不安を抱いた。 犯罪に及んでいる真っ最中だというのに、その日常ぶりはないだろう。 不気味だった。 カーテンを閉めた吉崎は、今度は、ベッドの前にやってきた。 寝転がされている壱也をじっと見下ろす。 「……なんだよ」 「お腹、減ってない?」 乱暴に扱われるほうがまだいい。 穏やかな態度でいられると不気味さに拍車がかかって鳥肌が立つ。 帰宅前に友達とファストフードを食べてきていた壱也に空腹感はなかった。 ただ、別の欲求が。 「……トイレ」 小声で告げると、吉崎がナイフを手にしたので、壱也はぎょっとした。 「縄を切るんだよ」 壱也はそばに近づけられたナイフに肝を冷やしながらも、逃げられるのでは、と淡い期待を抱く。 何本もの縄を断つ、鈍い音が響いた。 「動かないで」 次の瞬間には喉元にナイフの感触。 「手はそのまま」 冷たい金属が手首に触れる。 ガシャン 「はい、いいよ」 吉崎が笑顔で言う。 壱也は後ろ手にかけられた手錠を肩越しにかろうじて見下ろした。 「少し窮屈かもしれないけど。我慢してね」 吉崎に腕をとられてベッドからよろよろと立ち上がる。 ……そう簡単にうまくいくわけないか。

ともだちにシェアしよう!