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何にでも「慣れ」というものがある。
窮屈な体勢でつらかったはずが、壱也は、いつの間にか眠りに落ちていた。
夢も見なかった。
図太い性格だと我ながら苦笑した。
吉崎に対しての奇妙な恐怖心はなくならなかった。
目を覚ますと、カーテンは閉ざされたままだったが部屋の中は明るかった。
隙間から洩れた光が床を照らしている。
車の走行音。クラクション。
「おはよう」
吉崎はデスクに肘を突いて壱也を見下ろした。
おかしな朝の風景だ。
スーツを着たままの男。
手錠をかけられてベッドに転がされている自分。
昨日まで夢にも思わなかった。
「今日は土曜日。君はいつものように友達の家に家族には無断で泊まって、明日も帰ってこないだろうと思われている」
こいつは自分の行動を日々チェックしていたに違いない。
全く気づかなかった。
マンションの一室。
大声を上げれば、きっと他の住人の誰か……気づくだろうか?
その前に刺されるかもしれない。
吉崎はデスク上に置かれていたトレイを持つとシーツの上に乗せた。
毛布や布団はなく、タオルケットが一枚あるだけなので、不安定に傾くことはなかった。
「粗末なもので悪いけど」
コンビニで買ってきたようなパンと牛乳パック。
いつもの壱也の朝食と何ら変わりない。
壱也はのそのそ起き上がった。
体の節々が痛む。
恨みがましい目つきで向かいの吉崎を見ると彼はすまなさそうに笑った。
「その体勢で寝るのはきついだろうけど。死んじゃうよりマシだろう?」
「……殺さないって言ったぞ」
「君の態度次第だよ」
ベッドに乗り上がった吉崎はパンの包装を破ると、一口分に千切ったパンを、壱也に差し出した。
「……」
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