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「なんでスーツばっか着てんの?」 「落ち着くから。ネクタイを締めていると平静を保てる気がして」 「何それ」 「僕は臆病者だから」 「臆病者が他人を拉致るかよ」 深夜、壱也と吉崎はベッドに膝を並べていた。 沈黙が続いたかと思えば、他愛ない話をし、会話が途切れるとまた静寂に支配される。 そんなことを繰り返していた。 「君は時夫さんが嫌いなの」 「別に。会わねーし。俺も親父も、あんま家にいねーもん」 「そうだったね」 「あいつは俺のことなんか、どーでもいいんだよ」 吉崎は何故だかくすくす笑った。 「だけど小さい頃は一緒に遊んだりしただろう?」 そりゃあガキの頃は。 日曜日によくキャッチボールをした。 自分の投げるボールが地上すれすれなのに対し、親父の投げるボールは綺麗な弧を描いてグローブに収まったっけ。 「その頃も好きじゃなかった?」 「ッ……ガキなら誰だって親は好きだろ!」 「そんなムキにならなくたって」 「なってねぇよ!」 壱也はそっぽを向いた。 微笑した吉崎はベッドの上で体育座りになって窮屈そうに膝を抱いた。 「明日、帰りなよ」 壱也はそっぽを向いたままだ。 「僕も行くから」 振り返った壱也に吉崎は笑いかける。 「時夫さんに会うよ」 彼は壱也の頭を撫でた。 何かを言いかけた壱也は言葉を切り、唇をきゅっと結んだ。 「謝らなきゃね」 「……」 「もう縛られないためにも」 吉崎の手が離れていく。 壱也は彼の手首を掴もうとした。 「駄目だよ」 距離が広がる。 壱也の手を避けるように吉崎はベッドから立ち上がった。 「僕はリビングにいるから」 ドアが閉まり、壱也は一人寝室に取り残された。 手錠なしの夜。 眠れるだろうか。 明日で何もかも終わる。 そんな気がする。 吉崎に触れかけた手を片方の手で強く包み込む。 そうだよな。 そんなものだ。 胸のずっと奥が痛む。 このベッドは駄目だ。 回想に襲われて十分に息ができない。 「はぁ……」 壱也はため息をついた。 ベルトを外し、すでに硬く張り詰めていたペニスに手を添える。 「ん」 彼の手、彼の舌、彼の性器。 彼のすべて。 空っぽな頭はもういらない。 もう一度、彼がほしい。

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