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夜に舞う蝶
「今日はいくら待っても可愛い子は来ないわよ。ほら帰った帰った」
「これでも俺は客なんだけどな…」
「トラブルメーカーならお断りよー」
そんな会話をしていると、カランカランとドアの開く音がした。
今夜の楽しみは諦めるか、と口直しにさっぱりとしたカクテルを飲む。
「あら、いらっしゃい宇海 ちゃん!来てくれたのね!!」
「こんばんはママ。あの、隣り、いいですか…?」
手を叩いて喜ぶ光彦の目線の先にいる宇海という子が声をかけてきた。
彼の優しい声が心地よく、ベッドの上で啼いたならどんなに可愛いだろうかと想像してしまった。
「どうぞ、君さえ良けれ…ば……」
彼を見上げた瞬間に動けなくなる。
周りの音が消え、声を出すことも忘れかけた。
「僕の顔に何か付いてますか?」
少し首を傾げ、キョトンとした顔で秀司を見る。
思わず見つめてしまっていた秀司もその声で我に返り、居住まいを正して取り繕う。
(驚いた…こんな可愛い子に出会えるなんて)
真珠のような肌にきれいに手入れされたクセのある髪、丸メガネの奥にある切れ長の目からは、可愛さの中に色気を感じる。
緩んで少し開いた唇とコケティッシュな視線が、胸を射るように圧迫してくる。
首につけたチョーカー、細い腰を強調させる服装――何もかもが男を誘う甘い蜜のようだった。
「秀司…驚いた?アタシがこんなキレイなこと友達だなんて」
「友達?てっきりボーイズバーかどこかの子かと思った」
「紹介するわね。この子は水梶宇海 ちゃん!それで、この澄ました野郎が鷹崎秀司、アタシの腐れ縁の一人よ。」
「ははは、扱いが雑だな…よろしくね」
(まずはクールに…)
「こちらこそ、鷹崎さん」
「驚いた、こんなに可愛い子が店に来るなんて」
「ヤダ、秀司ったら!もう色目使って!今日の営業はおしまいじゃなかったの?」
「そんな言い方しないでくれよ。ただ話してるだけだろ?」
せっかく良いムードを作ろうと思っていたのに、光彦の余計な一言で一蹴された気分だ。
光彦が離れてからまた仕切り直そうとまた一口カクテルを飲む。
「そのお酒、美味しそうですね」
「あぁ、これかい?これはママのオリジナルだよ。君も飲む?ごちそうするよ」
「ありがとうございます。一杯頂きます」
「光彦ー!彼に俺と同じのを頼む」
「もう…店の中では止めてって言ってるのに。はいはい!今作るわね!」
今度は横目で彼の方を見る。
長いまつ毛が揺れて第一印象とは違い、可愛らしいさが強まった。
見れば見るほど秀司の好みの顔で今すぐにでも誘ってしまいたくなる。
だが、秀司のモットーは『相手に惚れるな惚れさせろ』、だから決してこちらから簡単に折れてはいけない。
誘うときはスマートに、下心さえも甘い雰囲気に包んでしまわねばならない。
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