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逃がした獲物は大きい

「あの子、来た?」 「あの子って?」 「お前が紹介した子だよ」 『あの子』で伝わると思ったが、光彦は『あの子』で片付ける気はなさそうだ。 「水梶宇海。来たのか来てないのかどっちなんだよ」 「ああー!秀司が珍しく落とすのに失敗した高嶺の花の宇海ちゃんね?」 「そうだよ。つーか、俺が失敗したんじゃない。ほとんどお前のせいだ」 「その言い方はないんじゃない?結構盛り上がったでしょ?」 そんな得意げに言われると、素直に頷きたくなくなる。 そもそも、光彦の入れ知恵が無ければきっと連絡先くらいはゲット出来ていたはずだ。 と言いたいが、ビールのように苦いスーパードライな子は、入れ知恵がなくても失敗に終わっていたかもしれない、と少しだけ思う。 だが、それは決して認めない。 「来てたけど、すぐに帰ったわよ。アンタに会うのが嫌だって。どうやら鬼ごっこを楽しみたいみたいね」 「ふふっ、強気な子は嫌いじゃないよ」 くつくつと笑って酒を呷る(あおる)。 「そんなことよりも、このイケメンを早く紹介しなさいよ」 「ああ、この人は榊至(さかきいたる)さん。ウチの社長」 「どーも。はじめまして」 「え!?アンタの勤めてる会社の!?こんなナイスガイなのね。てか、交友関係どうなってんのよ…」 「あはは、ありがとうございまっす。で、さっきの話は本当なのか?」 カウンターの椅子をくるりと回し、噂好きの女子のように俺に好奇心旺盛な顔を向ける。 この顔をされて今まで一度も話を誤魔化せたことがない。 「半分くらいは合ってます…」 「へぇー!口説くのに失敗したのか!」 「違う。ちゃんと持ち帰ったさ。こいつの入れ知恵がなかったら連絡先をゲット出きたのに」 「お前が連絡先って単語を口にするとはな。なかなかのクールビューティだったんだろうな」 あたらしいオモチャを手に入れた子どものように笑う。 だが、眼差しは冷やかし好きの男子小学生のようだった。 「最高だった。相性もすごくよかった」 「へぇー、続報が楽しみだな」 「で、今度はアナタのこと聞かせて頂戴よ?社長サン?」 光彦が急に至に話を振った。 どうやら至に興味があるらしい。 「ははっ、俺、ママに気に入ってもらえた?」 「お近付きのシルシに1杯奢るわ。何がいい?」 「じゃあ、俺をイメージして何か作ってみてくれない?それか、オススメの酒」 「いいわ。オススメのお酒で美味しいもの作ってアゲル」 今日の光彦はいつにも増して色気がムンムンだ。 客と寝たりしないとか言ってたくせに、と心の中で呟く。 でも面白いからこの場を見守ることにした。 女装メイクの仮面で隠れているが、光彦は世間一般的にいうイケメンの部類だ。 そして、そこそこの面食い。 おそらくいや、絶対に至をロックオンしただろう。 面白そうな展開になるだろうと思い、秀司は何も言わずにこの二人の経過を見守ってみることにした。 「はぁ、俺もあの子と喋りたい」 秀司の小さな呟きはバーの賑わいと音楽に溶け込んで消えた。

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