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第2話
同棲しないか──?
数ヶ月前にそう切り出したのは、恭一郎の方からだった。
もちろん、ただひたすら圭が好きだからそう提案したのだが、圭の反応は恭一郎の予想の範疇ではなかった。
まず頭がおかしいのではと、額に手を置かれた。
熱はないようだと確認した圭は、次に恭一郎の目を射るように見つめてきた。
『恭一郎、お前、何か企んでないか?』
心外な台詞に、恭一郎は小首を傾げながらしかめっ面をして見せた。
何も企んでなどおらず、ただずっと一緒にいたいと考えているだけなのだが、どうして疑われなければならないのだろう。
そう圭に問うと、相手は躊躇うことなくこんなことを言ってのけた。
『だってお前、何考えてるのか分かりにくい!』
そうだったのだろうかと、恭一郎は少なからず落ち込んだが、同棲の件に関しては、圭は『いいぜ』と即答してくれた。
事後の余韻に浸りながら、恭一郎はこちらに背を向ける圭の腰に腕を回した。
「圭、まだ俺の考えてることは、分かりにくいか?」
圭に「分かりにくい」と言われてから、恭一郎は変わろうとしている。
思ったことはなるべく口にするようにしているし、少ない表情にバリエーションを与えようともしている。
それもこれも圭のためだというのだから、我ながら驚きだ。
「以前より、分かりやすくなった……お前、もしかして努力したりしちゃってる?」
「ああ、している」
「俺のために?」
「そうだ」
そう応じると、圭が腰に回した腕に触れてきた。
手を手首の辺りに乗せ、少しずつ手の甲へと這わせていく。
「お前、どんだけ俺のこと想ってんだよ?」
「どれだけだろうな……分からない」
とりあえず自らの変化を厭わないほどには、好きだ。
愛していると言っても過言ではない。
「明日、卒論の件で教授に呼ばれている。夕方のアポだから、夕飯は外食にしないか?」
恭一郎はもう自分の卒論を終えて、教授に提出してしまっているが、今度は上出来の卒論を、教授が雑誌に載せたいと大騒ぎをしている状態だった。
一方で圭の方は、毎日少しずつ恭一郎が選んでくれたテーマで卒論を書き進めているが、まだまだ完成にはほど遠い。
恭一郎が手伝うと言ってくれているが、番を得たことでやっと人並みの生活を送れるようになった男性Ωの圭としては、出来る限り自分の手で仕上げたいのだとやんわり断っている状態だった。
「大学行くのか?じゃあ、俺も行こうかな……少し煮詰まってるから、図書館使うのもアリかも」
「静かな雰囲気の中で書きたいなら、区立図書館の方が近いぞ」
「……うっせ。なるべくお前の近くにいたいんだって、察しろよ」
手を握られると、恭一郎は圭の背中に自分の胸を密着させた。
こんな風に愛しい存在が、今自分の腕の中にいることが、嬉しくてたまらない。
「圭」
「ん?」
「この前話していたモデルの件、どうなったんだ?」
圭は先日街をブラブラしていたところ、モデルにスカウトされている。
もっとも本人はそんなことをする気はなく、相手の名刺だけを押し付けられたと聞いているのだが、その後どうなったかまでは知らないことだった。
「興味ねーって言えば嘘になるよな……俺、就活できてねーし」
「それは卒業してからでもできる」
「モデルかぁ……そういう職業なら、髪型変えろとか言われねーのかな」
圭が大学の就職支援課で就活について相談したところ、「まずその髪型を何とかしなさい」と言われたらしい。
長髪を左で一つに結わえているだけなのだが、「折角の男前が台無しだ」と、見た目に関して盛大なダメ出しを食らったと聞く。
「俺は、そういう職業に就いて欲しくない」
「なんで?」
「お前を独り占めできなくなりそうだ」
「ふはっ、恭一郎って何気に独占欲強いのな。ま、嬉しいけどさ」
「こっちは真剣なんだぞ」と言って更に擦り寄れば、圭はくすぐったいとばかりに少し身を捩った。
「やらねーよ……かと言って普通の就職ができるかって言うと、それも難しい気がしてる。やっぱ俺、Ωだからな」
種別を言い訳にするのは本意ではないが、どうしてもそうしてしまう。
今の圭は恭一郎と離れること自体ができそうになく、ゆえに明日恭一郎が大学へ行くのであれば、自分も同じ場所に行きたいと願っていた。
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