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第4話

聖と相川は病院を出ると、入り口に待機していたタクシーに乗り込んだ。 ここから居酒屋小町へ行くとなると、メーターが何回か上がりそうだ。 もっともタクシー代は相川が持つと言ってくれているので、聖が心配することでもないだろう。 あまり借りを作りたくはないが。 聖は相川がドライバーに目的地までの道のりを伝えている間、車窓からの風景をぼんやり眺めていた。 圭が恭一郎の家で同棲するようになって、もうすぐ3ヵ月になるだろうか。 その話を聞かされた時、聖は反対した。 単に恭一郎のことを忘れられず、彼が弟に取られるのが嫌だっただけなのだが、もっともらしいことを口にして、共に住むのを止めたかった。 だがこういう願いは必ず外れ、弟は未だ好きな人の元で暮らすようになっている。 「葛城、どうかしたのか?」 気付けば車は病院を出て公道を走り始めていた。 相川に声をかけられた聖は、どうやら相当ぼんやりしていたらしく、そんな自分に少々苛立ってセミロングのウェーブヘアをかき上げた。 「ちょっとぼけっとしちゃってただけよ」 「そうか。そう言えば、お前、彼氏はできたのか?」 いきなり何を訊くのかと、聖は車窓から視線を外して相川の顔を見つめた。 ジョークの一つでも返してやるつもりでそうしたのだが、彼はどこまでも真剣な顔をしており、茶化すのはよくないのではと直感した。 「いないけど……何なの、いきなり?」 「訊いておきたかっただけだ」 それきり相川は黙り込んでしまい、聖も再度車窓からの風景を眺め始めた。 そして約20分後、タクシーは居酒屋小町の前で止まった。 聖が先に降り、相川が会計を済ませるのを待つ。 「ホントに割り勘にしなくてよかったの?」 「ああ、問題ないよ」 居酒屋小町は年齢層をあまり選ばない店で、アルコールも料理も安くて美味しいと評判の店だ。 入るのを躊躇してしまうほどの高級感はなく、引き戸の上に洒落た書体で店名を書いた看板が掲げられている。 決して敷居が高いという印象を与えてはいないので、聖も相川も引き戸を開け、気後れすることなく店内に足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ!お客様、2名様ですか?」 元気のいい店員が、和服姿で出迎えてくれた。 「ええ、2人です」 「お座敷の個室と店内のテーブル、どちらにいたしますか?」 店内にはそこそこ客がいるのに、個室が開いているのは珍しい。 「じゃあ個室で」 相川は躊躇うことなく狭い空間を選び、店員は「ご案内いたします!」と元気に応じている。 今日の相川はいつもと様子が違っているようだと聖は感じていた。 あまり金にうるさい人間ではないが、割り勘にすべきところではそうしてくれるのに、タクシー代を払ってくれている。 まさかここの飲食代も割り勘にしてもらえないのだろうかと、少しばかり気後れしてしまう。 「葛城、どうした?」 「へ……?ああ、何でもないわ」 聖は個室の入り口に立っている相川を一瞥すると、そちらに向かって歩き始めた。 大学から居酒屋小町へ行くためには、5分ほど歩かなくてはならない。 だが陽が落ち始めているとはいえ、昼間の暑さはまだ空気中に残っていて、恭一郎も圭も滴り落ちる汗が止まらない状態だった。 それでも、時折吹き付ける風の温度は昼間のそれよりずっと涼やかで気持ちがいい。 「恭一郎、お前の論文って結局どうなるんだ?」 「雑誌に発表するらしい。それに当たって最終的な校正をするよう言われた」 「校正って……誤字脱字がないか見付けるやつか?」 「そうだ。できることなら他の誰かに任せたいところだが……こればかりは自分でやるしかなさそうだ」 成績が良過ぎるというのも考えものだなと、圭は汗を手の甲で拭いながらぼんやりと思った。 「それより、卒論の進み具合はどうだ?いつでも手伝うぞ」 「もうちょっと粘らせてくれ。ホントは全部自分で仕上げたいんだけどな……」 いくら番を得ても、Ωは所詮Ωなのだと言われているような日々を、圭は送っている。 集中したくてもなかなかできず、できたとしても短時間。 なのにセックスには集中できる。 何時間でも相手を欲しがり、何度でも絶頂に達し、何度でも誘える。 それがΩという種別の宿命なのだと言われているようでもあり、もどかしかった。

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