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第5話
個室席に向かい合って落ち着いた聖と相川は、生ビールを注文しようと、テーブルに設置されていた呼び出しボタンを押した。
「生中でいいか?」
「もち」
店員がオーダーを取りにやって来ると、相川が中ジョッキの生ビールを2つ注文し、ついでに「今日のオススメ料理」の中から適当なものをピックアップして一緒に注文した。
「お前、確か好き嫌いはなかったよな?」
「注文する前に訊きなさいよ、それ」
「ああ、スマン……つい、な」
「どうしたの?」
そう訊くと、相川はハッとして聖を見つめた。
いつ見ても綺麗な人で、自分のような元ラガーマンが彼女につり合うのかと、本気で悩んでしまいそうになる。
しばし言い淀んでいると、ビールとお通しが運ばれてきた。
相川は助かったとばかりにジョッキを手にし、聖の方へと突き出した。
聖もジョッキを持って相川のそれにコツン──、と当てて、「お疲れさま」と言いながらゴクゴクと飲んだ。
「はぁ、美味しい……仕事の後のビールって最高よね」
「葛城は確か一人暮らしだったな?家でも飲むのか?」
「もち。ていうか、飲まなきゃやってらんないことの連続なのよね、今」
それは恭一郎のことであり、圭のことであるが、相川に暴露する気はなかった。
「悩み事なら相談に乗るぞ」
「あぁ、うん、ありがと……ね、こっちのメニューからも何か注文していい?」
聖はテーブルの端に立てかけてあるオリジナルメニューを一瞥し、相川にも選んでくれと促した。
「そうだな。ええと、まずサラダは必須だな」
「え、なんで?」
「俺も一人暮らしで、野菜不足を実感してるってことだ。お前はそんなことないのか?」
「まぁ、言われてみれば不足してるような、してないような……」
「どっちなんだよ」
笑いながら、相川とオーダーしたいものを選んで、再び呼び出しボタンを押す。
やって来た店員にいくつかの料理を告げると、先にオーダーしていたオススメメニューの品が運ばれてきた。
シェフお任せの刺身の盛り合わせと、もろきゅうだ。
相川はきゅうりを素手で持って、もろみ味噌を箸ですくって乗せると、豪快に食べ始めた。
「きゅうりなんて久しぶりに食うわ」
「どんだけ野菜不足なのよ。さすがにアタシ、きゅうりくらいは食べてるわよ」
聖は刺身皿に醤油を注ぎ、相川の皿にも同じようにしてやった。
「お、サンキュ」
相川はもろきゅうを1本食べ終えるなり、ジョッキを持ち上げてビールをすっかり飲み干した。
「喉渇いてた?」
「いや、ちょっと勢いつけてるんだ」
一体何のための勢いなのだろうと訝る聖だが、詮索するのも気が引けて、相川がお代わりのビールを注文するのをぼんやりと見つめていた。
圭と恭一郎が居酒屋小町ののれんをくぐると、店内はほぼ満席状態になっていた。
店員によれば個室近くの2人用のテーブルか、カウンター席しか空いていないということだ。
「どっちにする、恭一郎?」
「テーブル席の方がいいだろう」
「んじゃ、そっちで」
圭が店員に申し出ると、2人を案内してくれる。
店に入ってから、真ん中に伸びる通路をひたすら奥まで歩き、突き当りを右に折れたところが空いている。
その真後ろに個室があり、満席になっているとあって、なかなかの賑わいを見せていた。
とりあえず2人は中ジョッキの生ビールを注文し、何を食べようかとメニューと睨めっこを始めた。
「唐揚げとだし巻玉子は必須だよな」
「メンチカツもだ」
「おう、そうだった。恭一郎、サラダはどうする?」
「どっちでもいい。家でも食べているからな」
それもそうだと、圭はサラダのページを飛ばすことにした。
2人で暮らし始めてから、朝と夜には必ずサラダを摂ることにしている。
野菜の不足が肌荒れや生活習慣病を引き出すからという、恭一郎の主張があったからだ。
そういう訳で、外食でまで野菜を意識したくはなかった。
聖は食べながら飲んでいるが、相川は食べずに飲んでばかりだ。
まだ席に落ち着いて30分ほどしか経過していないのに、もう5杯目のビールを注文している。
「ちょっとペース速過ぎなんじゃない?」
呆れ顔で指摘すれば、相川は意味深な言葉で応じてきた。
「酒の勢いを借りたい気分なんだ」
どういう意味なのか、生憎聖には分からなかった。
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