5 / 21

第5話

個室席に向かい合って落ち着いた聖と相川は、生ビールを注文しようと、テーブルに設置されていた呼び出しボタンを押した。 「生中でいいか?」 「もち」 店員がオーダーを取りにやって来ると、相川が中ジョッキの生ビールを2つ注文し、ついでに「今日のオススメ料理」の中から適当なものをピックアップして一緒に注文した。 「お前、確か好き嫌いはなかったよな?」 「注文する前に訊きなさいよ、それ」 「ああ、スマン……つい、な」 「どうしたの?」 そう訊くと、相川はハッとして聖を見つめた。 いつ見ても綺麗な人で、自分のような元ラガーマンが彼女につり合うのかと、本気で悩んでしまいそうになる。 しばし言い淀んでいると、ビールとお通しが運ばれてきた。 相川は助かったとばかりにジョッキを手にし、聖の方へと突き出した。 聖もジョッキを持って相川のそれにコツン──、と当てて、「お疲れさま」と言いながらゴクゴクと飲んだ。 「はぁ、美味しい……仕事の後のビールって最高よね」 「葛城は確か一人暮らしだったな?家でも飲むのか?」 「もち。ていうか、飲まなきゃやってらんないことの連続なのよね、今」 それは恭一郎のことであり、圭のことであるが、相川に暴露する気はなかった。 「悩み事なら相談に乗るぞ」 「あぁ、うん、ありがと……ね、こっちのメニューからも何か注文していい?」 聖はテーブルの端に立てかけてあるオリジナルメニューを一瞥し、相川にも選んでくれと促した。 「そうだな。ええと、まずサラダは必須だな」 「え、なんで?」 「俺も一人暮らしで、野菜不足を実感してるってことだ。お前はそんなことないのか?」 「まぁ、言われてみれば不足してるような、してないような……」 「どっちなんだよ」 笑いながら、相川とオーダーしたいものを選んで、再び呼び出しボタンを押す。 やって来た店員にいくつかの料理を告げると、先にオーダーしていたオススメメニューの品が運ばれてきた。 シェフお任せの刺身の盛り合わせと、もろきゅうだ。 相川はきゅうりを素手で持って、もろみ味噌を箸ですくって乗せると、豪快に食べ始めた。 「きゅうりなんて久しぶりに食うわ」 「どんだけ野菜不足なのよ。さすがにアタシ、きゅうりくらいは食べてるわよ」 聖は刺身皿に醤油を注ぎ、相川の皿にも同じようにしてやった。 「お、サンキュ」 相川はもろきゅうを1本食べ終えるなり、ジョッキを持ち上げてビールをすっかり飲み干した。 「喉渇いてた?」 「いや、ちょっと勢いつけてるんだ」 一体何のための勢いなのだろうと訝る聖だが、詮索するのも気が引けて、相川がお代わりのビールを注文するのをぼんやりと見つめていた。 圭と恭一郎が居酒屋小町ののれんをくぐると、店内はほぼ満席状態になっていた。 店員によれば個室近くの2人用のテーブルか、カウンター席しか空いていないということだ。 「どっちにする、恭一郎?」 「テーブル席の方がいいだろう」 「んじゃ、そっちで」 圭が店員に申し出ると、2人を案内してくれる。 店に入ってから、真ん中に伸びる通路をひたすら奥まで歩き、突き当りを右に折れたところが空いている。 その真後ろに個室があり、満席になっているとあって、なかなかの賑わいを見せていた。 とりあえず2人は中ジョッキの生ビールを注文し、何を食べようかとメニューと睨めっこを始めた。 「唐揚げとだし巻玉子は必須だよな」 「メンチカツもだ」 「おう、そうだった。恭一郎、サラダはどうする?」 「どっちでもいい。家でも食べているからな」 それもそうだと、圭はサラダのページを飛ばすことにした。 2人で暮らし始めてから、朝と夜には必ずサラダを摂ることにしている。 野菜の不足が肌荒れや生活習慣病を引き出すからという、恭一郎の主張があったからだ。 そういう訳で、外食でまで野菜を意識したくはなかった。 聖は食べながら飲んでいるが、相川は食べずに飲んでばかりだ。 まだ席に落ち着いて30分ほどしか経過していないのに、もう5杯目のビールを注文している。 「ちょっとペース速過ぎなんじゃない?」 呆れ顔で指摘すれば、相川は意味深な言葉で応じてきた。 「酒の勢いを借りたい気分なんだ」 どういう意味なのか、生憎聖には分からなかった。

ともだちにシェアしよう!