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第7話
葛城先生、あなたが俺に告白してきたことは、墓場まで持って行ってください──。
圭と番になる前に、恭一郎は聖にそう念押しをした。
もちろん自分もそうするつもりで、圭の前では沈黙を貫いていた。
なのに、どうしてこんな場で暴露してしまったのか。
事情が事情であり、不慮の事故のようなものだと分かっていても、恭一郎の聖に向ける視線はどこまでも冷たい。
「葛城先生、約束をお忘れですか?」
そして口調も凄味を増す。
「忘れてはいないけど……まさか同じ居酒屋にアナタ達がいるなんて想定外よ」
「誰がどこで聞き耳を立てているか分からない。そんな言い逃れが通用すると思っているんですか?」
「……ゴメン」
聖としては、とにかく謝ることしかできない。
どんな状況下であっても、自身の失恋の件は話すべきではなかったと、今なら理解できる。
「なぁ、葛城。コイツがお前をフッた男なのかよ?」
聖が気まずい思いで恭一郎と向き合っていると、酔っ払いつつある相川が割って入ってきた。
「うるさいなぁ、酔っ払いは引っ込んでなさいよ」
これ以上墓穴を掘らされるのはご免だとばかりに、聖の口調も尖っていく。
「俺、お前にプロポーズしてんだぞ、分かってんのか?それにまだそんなに酔ってねーよ」
とはいえ相川に自覚がないだけで、あまり呂律が回っていない。
「俺は帰りますが、圭には何も言わないでください。これは俺達の問題です」
「……分かったわ。アタシが迂闊だった、ホントにゴメン」
それきり背を向け、会計を済ませて居酒屋を出て行く恭一郎の背中を、聖は見えなくなるまで目で追い続けた。
恭一郎が姉ちゃんに告白されたのを隠してたことに、どうしてこんなに腹が立つんだろう──?
圭は電車に揺られながら、そんなことをぼんやり考えていた。
自分は自分、姉は姉。
たとえ姉弟であっても、別の個性を持った別の人間だ。
それに恭一郎は聖を「恋愛対象として見られなかった」からフッたのだと口にしていた。
「なら、俺のことはそういう対象として見られてんのかよ、お前……?」
今でも圭と聖の顔立ちはよく似ている。
だから自信がない。
聖のことは相手にせず、聖と同じ顔をした自分のことをちゃんと愛せるのかと考えると、迷路の中に放り込まれた感覚に陥る。
どこを探しても出口がなく、どこへ行っても同じ場所を歩いているような、あの独特の感覚だ。
じゃあ番になる前にこのことを知っていたら、圭は番になることを拒絶しただろうか。
「いや、してねーよ……俺には、アイツと番になりたいって気持ちしかなかった……」
誰に何を言われても構わないから、恭一郎のそばにずっといたいと思った。
だから番になれた今、自分がとても幸せな環境の中で生きていると実感できていた。
それなのに──、と考えて奥歯を噛み締める。
この感情につける名を、圭は知らなかった。
人の口に門は立てられない。
たとえ墓場まで持って行こうと約束していても、何かのはずみで言ってしまうこともあるだろう。
恭一郎はあの場では聖を責めたが、もうどうでもよくなっていた。
悔いたところで、知られてしまったことを、なかったことにはできないからだ。
だから夜空を見上げながら、家路を辿る。
圭はちゃんと帰っているだろうか。
ほとんど食事をしないまま店を出てしまったので、恭一郎は今2人分のコンビニ弁当をぶら下げて歩いている。
これを素直に食べて、過去のことを水に流して欲しいと願うのは、恭一郎の我儘だろうか。
「お前のこととなると、後先のことが考えられなくなるな……」
できることなら、あの場で聖に向けた恭一郎の怜悧な視線を、圭に見て欲しかった。
決して圭に向けることのない、氷よりも冷たい視線だ。
だが彼はそれを目にすることなく、過去を知らなかったことに腹を立て、席を立って走り去ってしまった。
恭一郎は店を出てしばらくその周辺を探したが、圭の姿はどこにも見当たらず、仕方ないとばかりに電車に乗って帰ることにしている。
「ちゃんと帰っていてくれよ、圭……」
そうでなかったら、今度はどこを探せばいいのだろう。
最悪の場合、圭の実家まで足を運ぶことになるのだろうか。
電車で1時間以上かかる場所へ足を運ぶのは、勘弁して欲しいところだった。
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