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第9話
パソコンと睨めっこすること、約30分──。
空腹に負けた恭一郎は自分の弁当を食べながら、圭の奇妙な行動について調べていた。
そうして得た結論は、恐らく今の圭は「Ωの巣作り」なるものをしているのだろうということだった。
このことは、以前聖にΩについてのレクチャーを受けた時にも言われている。
巣を作るΩは、番であるαに完全に心を開いている状態だとも書かれていた。
「心を開く……?どちらかと言えば、閉ざしているようだが……」
居酒屋での一件を考えると、圭は怒りを爆発させており、とても恭一郎に心を開いていたとは思えない。
だが、あんな風に自分の気持ちを声高に叫ぶ圭の姿を見たのは初めてでもあった。
もしも「怒る=心を開く」という等式が成り立つのであれば、ネット上に書き込まれている説明は正しいということになる。
そして寝入ってしまったΩを起こす方法だが、これまたできることなら勘弁してくれと思うようなものだった。
眠り姫を起こす王子のごとく、唇にキスを落とすこととは、どこのサイトにも書かれていることで、逆にそれ以外の起こし方についての記述が見当たらない。
恭一郎はパソコンの電源を落とすと、ベッドの上で眠る圭の顔をじっと見つめた。
幼少の頃は聖とそっくりだったが、今は少し面立ちが似ているといった程度だ。
長い睫毛に縁取られ伏せられた目、双眸の間から伸びる高い鼻梁、小さく開かれた口。
彼が本当にモデルデビューを果たしたら、引っ張りだこになることだろう。
「だから、お前をモデルにしたくはない……」
じゃあ圭は卒業後、どこに就職すればいいのか。
実は恭一郎はそれについても動いていて、後は相手の返答待ちという状態だった。
Ωが就職難であることは承知していたが、実は番になったαも同じ現象に陥る。
これは以前圭を被検体として男性Ωの生体データを採取しようとしていた、医学部の奥寺教授が口にしていたことだ。
愛するΩと長時間離れていられなくなり、結果としてαは会社を解雇される羽目になるのだと。
普通のαであれば、この時点でΩと番になるのを躊躇っただろう。
しかし恭一郎は名家の生まれで、父亡き今は兄の総一郎が家業を継いでいる。
だから圭には内緒で、こっそり話を進めているのだ。
そこまで考えたところで、どうにも目を覚ましそうにない圭を、起こそうと思った。
ベッドの端に腰掛け、上体を傾けて圭の顎に手をかけ顔を上に向かせ、唇をそっと重ねる。
しばらくそうした後に顔を離すと、圭はゆっくりと瞼を開いた。
「恭一郎……?」
「ああ、俺だ。腹は減っていないか?」
「減った……ていうか、なんでここにいるんだよ?」
「ここは俺達の家だろう、何が悪い?」
「そうじゃなくて」と、圭は眠る前まで考えていたことをぶちまけ始めた。
折角恭一郎が「終わったこと」として心の奥に収めたものを、引っ張り出そうとしている。
「姉ちゃんのことだよ!なんでフッたんだよ!?」
「恋愛対象として見られらなかったからだ。怒ってばかりいないで、弁当でもどうだ?」
恭一郎が弁当を差し出してやると、圭はその場でパッケージを剥がし始める。
まさかベッドの上で食べる気なのだろうか。
「圭、せめてベッドから下りろ」
「うっせーよ!俺なんかほっといて、姉ちゃんと結婚すりゃいいだろ!その方が世間体もいいし、何よりお似合いだ!」
怒りに任せてそう言えば、思い切り横っ面を叩かれて、圭は弁当を落としそうになって慌ててしまった。
「世間体とか、お似合いだとか、そんなことはどうでもいい。とにかく食べるならせめてベッドから下りろ、俺はリビングにいる」
恭一郎が出て行ってしまうと、圭はハラリと涙を零した。
姉弟揃って同じ男に惚れ、報われたのは弟の方だというのだから、今すぐに割り切れと言う方が無理だ。
それに、恭一郎がたとえ聖を選んで結婚しても、彼の匂いに包まれてさえいれば生きて行ける気がしている。
「けど、それは恭一郎との別れだ……」
弁当の上に雫が零れる。
手が震え、箸が震え、食べようにも上手く食べられない。
ならばさっきのように眠ってしまえばいいのだろうか。
誰にも邪魔をされず、無意識の中に身を投じたら、離別を受け入れられるのだろうか。
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