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第14話

唐突に突き付けられた離別に、恭一郎は戸惑うばかりだった。 とはいえ圭と話をしようにも、相手は巣の中で寝息を立ててしまっている。 どうしたらいいのだろう。 何と言えば、圭は恭一郎に愛されているのだと信じてくれるのだろう。 分からない。 こんなに大切に想っているのに、この想いを伝える術が思い付かない。 誰か信頼できる人に相談すればいいのか、自分で考えて結論を出すしかないのか。 「圭……」 艶やかなストレートヘアを撫でてやりながら、巣の中から1枚の紙片がカサ──、と音を立てた。 恭一郎はメモをちぎったような紙片を手にすると、二つ折になっているそれを見て目を見開いた。 『恭一郎、俺が目覚めなかったら、病院へ預けてくれ。姉ちゃんと幸せにな』 ホロリと涙が零れ落ちる。 どうしてこの世界は、こうも自分達に辛い現実ばかりを突き付けてくるのだろうか。 男性Ωだからという理由で、何もかもを諦めてしまっていいのだろうか。 それとも、それが男性Ωに課せられた宿命だと受け入れるしかないのだろうか。 「イヤだ……俺はお前を諦めない……」 彼の手を握り、これからどうすればいいのかを考えるが、生憎今の恭一郎には圭を眠りかた解き放つ方法が思い浮かばなかった。 良かった──。 圭は眠りに落ちながら、そんなことを考えていた。 好きな人に抱いてもらって、好きだと言ってもらえて、幸せだった。 男のΩなどロクな人生ではないと姉は口にしていたが、そうでもなかったように思う。 なぁ、姉ちゃん、恭一郎と幸せになれよ──。 眠っているから、素直にそう思える。 起きていたら泣いてばかりで恭一郎を手放せる自信がなかったが、ちゃんと自分の気持ちはメモに書いて置いてある。 あれを恭一郎が見れば、ずっと眠り続ける自分のことなど諦めて、聖と付き合ったり結婚したりという人生を選べるはずだ。 だから自分は身を引いた。 だから姉を頼むと彼に託した。 それだけで、十分だった。 恭一郎が悩んだ末に連絡したのは、結局のところ聖のスマホだった。 何をどうしても圭が起きず、まるで死んでしまったかのような穏やかな表情で眠っているのも気になった。 『はぁい、今度はなぁに?』 聖は詰られることを覚悟していたのだろう、恭一郎が用件を話す前に何事かと訊いてきた。 「圭が巣に埋もれたまま眠ってしまいました」 『ああ、Ωの巣作りね。よかったじゃない』 「どこがですか?」 『巣を作るってことは、圭ちゃんがアナタに心を開いた証拠よ。だから今まで口にできなかったようなことも、言うようになったんじゃない?』 「──っ!?」 まさか圭はずっと聖と恭一郎の関係について悩んでいて、巣を作った今、思うところをメモに託したのだとしたら。 恭一郎とは結ばれない未来を思い描いていたのだとしたら。 「ええ、言うようになりました。あなたと結婚して幸せにしてやれと」 『え……?』 「一つ教えてください。Ωは巣に埋もれて眠って、目覚めないことはあるのですか?」 恭一郎はビデオコールに切り替え、圭が書いた文字を聖に見せる。 その後でビデオを切り、普通の通話にすれば、相手はよほど衝撃を受けたのかすっかり押し黙っている。 「葛城先生、どうすればいいんですか?」 『……時間、くれる?』 恭一郎は息を飲んだ。 聖の声はか細くて、とてもではないが今すぐ何かをできるようには思えない。 それに巣の中で眠るΩの起こし方も、もしかしたら知らないのかもしれない。 「どのくらいかかりますか?」 心の負担は大きいだろうと恭一郎は察する。 居酒屋でプロポーズされ、まだ恭一郎のことが忘れられないからと断っていながら、その失恋の相手に詰問されているのだ。 『……なるべく……急ぐ……ゴメン……アタシのせいで……』 電話越しに聞こえてくる涙声に、恭一郎は何も言えなかった。 今、圭も聖も自分も幸せとはかけ離れた場所にいることを認識している。 これで圭が目覚めれば、圭と恭一郎は幸せになれるだろう。 じゃあ、聖の幸せはどこにあるのだろうか。 「葛城先生、圭が目覚めても……あなたは幸せになれるのですか?」 『っ!?』 ハッとする気配が伝わってきた。 きっと聖も恭一郎が何を問いたいかについて、その真意を理解したのだろう。

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