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第15話

聖は電話を切り、大きな溜息を吐いた。 幸せとは何か──? 恭一郎に質問された時、今この状況下で一番不幸なのは自分なのだと咄嗟に思った。 だが一番辛いのは聖でも圭でもなく、好きな人に突っぱねられた挙句、眠りに逃避されてしまった恭一郎自身なのだと気付いてしまった。 もしこのまま圭が目覚めなかったら、彼の思惑通り病院で預かることになるだろう。 そうなれば聖は付きっ切りで面倒を見てやれるが、恭一郎はそういう訳にも行かないだろう。 「イヤよ……アタシ、恭ちゃんの不幸顔なんて見たくない……」 好きだからこそ、強くそう思う。 だから圭は絶対に目覚めなければならず、聖はその方法を探すしかないのだ。 聖は医局内のΩに関する専門書をかき集めると、片っ端から読み始めた。 ああ、ここは夢の中だ──。 圭は浮遊感を味わいつつ、今の自分が眩い光に包まれていることを感じた。 『スゲー眩しい……なぁ、見ろよ、恭一郎!何だ、これ!?』 少しはしゃいだ気分で振り向けば、恭一郎は今にも泣きそうな顔をしていた。 『どうしたんだよ……?』 こんなに明るくて目が眩むような光を見ているというのに、恭一郎はどうして表情を曇らせているのだろう。 『お前の方こそ、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?』 『そりゃ、嬉しいだろ!だって……』 『何だ?』 圭はそこで言葉に詰まった。 なぜ嬉しいのかと問われれば、現実の世界にこんな光を見出せないからとしか言いようがない。 そのことを素直に口にすれば、恭一郎は『そうか』と言いながら頬に一筋の涙を零した。 『恭一郎……?』 『現実の世界でも、俺とお前は今以上の光が見られる……はずだった』 『!?』 『その権利を捨てたのはお前だ、圭……俺を置いて眠りの世界に逃げ込んで……俺を一人にしたからだ』 そう、今圭がいるのは夢という名の虚像の世界。 見ている光はただ眩しいだけで、それ以外は何も見せてくれていない。 現実の世界であれば、2人で一緒に過ごしたり抱き合ったり、時に喧嘩をしたりして2人で光の世界を創れるはずなのに、圭はそんな未来を放棄してしまった。 『男同士の何が悪い?Ωの何が悪い?』 『……』 『どうして……好きでもない人との結婚を勧められなきゃならない……?しかも……お前に?』 これは決して楽しい夢ではないのかと、圭はようやく理解した。 間近に見えている光は、圭がこれから足を踏み入れる世界ではなく、手放してきた世界。 現実の世界で実現できなかった光の化身。 『恭一郎……?え、恭一郎!?』 さっきまでそこにいたはずの恭一郎は、いなくなっていた。 目が潰れるかと思うほどの光も、いつの間にかなくなっていた。 ああ、全てを捨てるって、こういうことなんだなと、圭は漠然と理解した。 伏せられた圭の睫毛に涙が滲むと、彼の手を握っていた恭一郎はベッドサイドからティッシュを取り出し、優しく拭ってやる。 圭は今、どんな夢を見ているのだろう。 「せめて、自分が幸せになれる夢を見ていてくれ……」 圭を病院に預けること──。 それは恭一郎が一番選択したくない手段でありながら、選択せざるを得ない手段なのかもしれない。 一向に起きない彼を見つめていると、番という関係になった意味が分からなくなる。 一生添い遂げると決めたのに、ずっと一緒にいると決めたのに、何のために一大決心をして番になったのだろう。 「圭……さよならの時が近付いているようだ……」 聖がどんな結論を出してくるのかは分からないが、恭一郎はもう圭とは結ばれないのではと思い始めていた。 諦めてしまったらそこで全てが終わってしまうと理解し、まだ圭が目覚める可能性がゼロになった訳ではないと理解していても、なぜだかそう思えてしまう。 恭一郎もまた疲れているのだ。 巣を作って心を開いてくれたのかと思えば、圭の心の中には恭一郎と聖が結ばれたらお似合いだなどという思考が燻っていたのだから、笑うに笑えない。 否定しよう、説得しようと思っても、彼はメモを残して恭一郎の手の届かない場所に意識そのものを持って行ってしまっている。 「俺は……どうすればいいんだ……?」 それはずっと強気で圭に寄り添っていた恭一郎が、初めて零す弱気な言葉であった。

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