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第16話

聖が専門書と睨めっこすること、数時間。 結局何も手がかりがなく、ここからはあちこちに点在するヒントを手繰り寄せ、圭と向き合わなければならない。 聖は重い気分のままスマホを手にし、恭一郎に電話をかけてみた。 「恭ちゃん、圭ちゃんは?」 挨拶もなしにそう問えば、相手は今までに聞いたことのないような暗い声で応じてきた。 『目覚めません』 「そう……これからアタシ、そっちに行くわ」 『分かりました』 「悪いんだけど、住所教えてくれる?」 聖は以前、恭一郎と同棲することになったと圭から聞いてはいるものの、どこに住むのかまでは聞いていない。 「住所くらいは教えなさいよ」と咎めてみたところ、「姉ちゃんが邪魔しに来たら困る」と返されてしまった。 「そういうワケで、アタシは恭ちゃんの家の住所を知らないってワケ」 『そうですか……じゃあ、電話を切ったらマップデータを送ります』 「ありがと……ねぇ、恭ちゃん、大丈夫?」 どうにも大丈夫とは思えないような弱々しい声で、聖は素直に心配になった。 だがそれも仕方のないことだろう。 聖の見立てでは、今恭一郎は圭と一緒にいるべきではない。 辛くても少し距離を置いて、客観的に今の状況を見つめ直し、その上で番を解消するならそうすればいい。 圭が眠ったままであれば、番を解消されたところで何も変わることはないはずだ。 『大丈夫……と言えたらいいんですが……』 「え……?」 恭一郎がそんな弱音を吐くとは思わず、聖は素っ頓狂な声を出してしまった。 『正直、もうきついです……』 「そう……そうよね……じゃあマップデータ、待ってるわ」 聖が電話を切ると、恭一郎から地図が送られてきた。 「案外近くに住んでるのね……さて、出かけるか……」 行ったところで自分にできることなど、一つしかない。 そのことを恭一郎が受け入れようが受け入れまいが、そうするしかないのだから仕方がない。 聖は白衣を脱いでハンガーにかけると、ハンドバッグを片手に病院を後にした。 恭一郎は、圭が眠っているベッドの下に座り込み、眼鏡を床に置いて茫然としていた。 さっき聖に言ったように、もう精神的に限界というところまで追い詰められている。 こんな風に無防備になるのは、幼い頃以来ではないだろうか。 「もう……誰も愛したくない……」 それは剥き出しの本音。 Ωは少なからず番のαを振り回すと聞いてはいたが、これほどまでとも思っていなかった。 かと言って圭以外の誰かを愛せるとも思ってはいないのだが、もう恋愛はしたくない。 それにしても、聖はここへ来て一体何をするつもりなのだろう。 電話をもらった時は「助けが来てくれるのか」と漠然と思うだけで、具体的に何をどうするのかについて訊くのを失念していた。 「ん……」 そんな時、圭が小さな声と共に寝返りを打つ気配を感じ、恭一郎は慌ててベッドの上を見た。 だが圭は目覚めることはなく、相変わらず眠ったきり涙を零している。 この涙は一体どういうことなのだろう。 哀しい夢を見ているのだろうか、それとも嬉し泣きなのだろうか。 「嬉し泣きだと、いいんだけどな……」 疲労、脱力、精神的限界。 それらを背負う恭一郎にとっては、もう圭が現実世界に戻って来ないことを薄っすら覚悟しつつある。 でも、せめて夢の中でだけは幸せであって欲しい。 種別に阻まれず、もしもΩでなかったら歩みたかった人生を夢見て、喜びの涙を流しているのだと思いたかった。 『恭一郎、どこだよ!?』 夢の中の圭は、すっかり暗くなった中で愛しい人の名を呼び続けていた。 光が消えてどのくらい経過したのだろう。 まさか恭一郎は光と共にいなくなってしまったのだろうか。 『お前が……お前がいないと、俺は生きて行けねーんだよ!だから、出て来てくれ!』 ああ、どうしてこの台詞を現実の世界で言えなかったのだろう。 それは怖かったからだ。 圭が世間体などというくだらないものを考えてしまい、思い詰めたがゆえに、恭一郎と姉との仲が上手く行くよう、自分に嘘を吐きながら祈ってしまったからだ。 こんな思いをするくらいなら、最初から恭一郎をちゃんと拘束しておくべきだった。 姉に取られる未来などあり得ないとばかりに、縛り付けておくんだった。

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