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第17話

聖が院内を出たのは午後8時。 病院を出てしばらく歩いてタクシーを捕まえ、乗り込んで行き先を告げる。 ドライバーが住所をナビに打ち込んでいる姿に焦れながら、車窓からキラキラと煌めく夜の街を眺める。 車が走り出すと、もう何も視界に入らなくなった。 見えてはいるのだが何が見えても反応しない、そのくらい自分の思考に集中していたのだ。 目的のマンションのエントランスに車が滑り込むと、聖は会計を済ませてタクシーを見送る。 そして自分は3階の恭一郎と圭の家を訪れ、玄関横のインターホンを鳴らした。 内側からチェーンロックが外される音が聞こえたかと思えば、恭一郎が出迎えてくれた。 「どうぞ、上がってください」 恭一郎は上がり口にスリッパを置くと、聖に付いて来るよう促した。 圭は様々な色の衣類に埋もれて眠っていた。 全て恭一郎の着衣であることは、聖も承知していることで、これがいわゆるΩの巣作りという現象だ。 「先生、これを」 恭一郎が渡してきたのは、圭が書いたメモだった。 「俺が持っていても辛いだけです……先生の研究の材料にでもしてください」 「ちょっと、どういうイヤミ……っ!?」 聖が片眉を上げながら恭一郎を睨もうとすれば、恭一郎は涙を流しながら笑っていた。 「イヤミじゃないんです……俺も、もういい加減楽になりたい……そのメモは……圭と過ごす中で得た、一番残酷なものでした」 「そっか……。まったく、ホント、バカな弟で申し訳ないわ。でも、もういいの」 「は……?」 「圭ちゃんはこのまま入院させるわ」 恭一郎はハッと息を飲んだ。 確かにそれが圭の願いであると、メモに書かれていた。 しかし、本当にそれでいいのだろうか。 ここで離れてしまったら、自分達は本当に終わってしまいそうだ。 「番の解消方法を教えるわ。解消した上で、入院させるの」 「ですが、それでは圭の精神が……」 「いいのよ、もう」 「っ!?」 どういう意味だと恭一郎が食い下がれば、聖も困ったような笑みを浮かべた。 「仮に番を解消してから目覚めてメンタルが不安定になっても、それはそれでいいのよ……精神安定剤とか処方できるし……Ωの行く末なんてそんなものなの」 「実の弟でしょう!?どうしてそんな残酷なことができるんです!?」 恭一郎の声がどんどん荒げられていく。 それくらい聖の提案は突拍子もなく、尚且つ残酷なものだったのだ。 「実の弟だからよ。何かあれば身内であるアタシが助けてあげられる。恭ちゃんはもう圭ちゃんに縛られることなく、自由に恋愛していいの」 聖はハンドバッグに手を突っ込むと、院内でまとめてきた番の解消方法を恭一郎の方へと差し出した。 「いくつかやり方があるわ。まあ、どれも簡単な方法だけど、全部試すといいわ。その間、アタシは別室で待たせてもらうから」 聖だって、折角番になった2人を無理矢理引き剥がすような真似はしたくない。 だが本当に、もうどうしようもないのだ。 一度番を解消し、それでもまた番にと望むのであれば、そうすればいい。 とにかく今は一旦番関係を解消し、恭一郎も圭もフリーな状態にするのが最善だろう。 「できません……無理です……」 「やる前から諦めないで欲しいんだけど?」 「そうじゃない……俺が番を解消したくない……」 「またなりたいと思ったら、改めて番になればいいことよ」 そうじゃないんだ──、と恭一郎は聖に渡された資料をグシャグシャになるまで握り締めた。 確かに聖の言う通りにすれば、恭一郎の心の傷はいつしか癒えるのかもしれない。 だが、αに番を解消されたΩはどうなる? 何も知らされぬまま、いきなり番を解消されて精神的に不安定になって、それでもまた立ち直って愛したαと番になろうと思ってくれるものなのだろうか。 「恭ちゃん、ホントに、もうどうしようもないのよ」 「……」 「それとも、アナタ圭ちゃんの面倒を見られるの?いつ目覚めるかも分からないのに?」 「それは……」 物理的に難しいことは事実だ。 病院に預ける方が圭の身も安全に守られることだろう。 じゃあ圭は本当にそれを望むのだろうか。 番を解消され、失意のどん底に突き落とされる人生など、心から願えるものなのだろうか。 「入院は……させません……」

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