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第18話

「恭ちゃん……」 聖は涙に濡れた恭一郎の目に、先ほどまで見られなかった強い意思が宿っているのを見た。 「入院はさせません。俺が圭を守ります」 「どうやって?」 「どんな手を使っても、です」 「いつまでも目覚めないかもしれない」 「それでも、俺がそばにいる」 恭一郎はベッドサイドに歩み寄ると、圭の手を取って自分の頬に押し付けた。 「いてくれるだけでいい……俺のそばで、生きててくれるだけでいい……」 「しんどくない?」 「そうかもしれませんが、俺が守ると決めたからには、番の解消もしないし、入院もさせません」 恭一郎がそう言い切った瞬間、圭が薄く目を開いた。 なんだかやけに眩しいけれど、片手がとんでもなく温かい。 何が起こっているのかと温もりの方向に視線を向ければ、左手が恭一郎の頬に当てられていることに気付いた。 「き、恭一郎……?」 「──っ!?」 恭一郎は両目を見開きながら、圭の方を見つめた。 しっかりと目を開き、こちらを見て、名を呼んでくれている。 たったそれだけのことが嬉しくて、涙が止まらなくなってしまう。 「よかったぁ、上手く行って」 「姉ちゃん……?なんで、ここに……?」 もしかしたら、恭一郎との仲が上手く行って報告にでも来たのだろうかと身構えるが、どうにもそういう雰囲気は感じ取れなかった。 「恭ちゃん、ゴメンね。アタシが試したのはアナタの方なの」 「は……?」 恭一郎は圭から目を逸らして聖を見つめ、一体何を言っているのかと両目を見開いた。 「Ωである圭ちゃんが巣を作ってαに心を開いた……つまり、圭ちゃんは変わったってこと。まあ変わり方がひねくれてたことは否めないけどね」 「それが、あのメモだったと……?」 「多分ね。でも、変わらなきゃいけないのはΩだけじゃなく、αである恭ちゃんもだったの」 聖が言うには、これまでの恭一郎には「圭を守る」という確固とした意思が欠落していたのだと言う。 番を得たαは過剰にΩを守ろうとする──、これをラット現象と呼ぶのだという。 そのラットが恭一郎の身に起こらないと、2人はいつになっても真の番にはなれないという理屈だった。 「でもね、言い換えれば、今のアナタ達はもう立派な番ということよ」 「先生、圭を入院させるとか、番を解消しろとか、どちらも俺を試すためだったと?」 「そういうこと」 聖に言わせれば、恭一郎は無駄に強いのだそうだ。 だから限界まで追い詰めた。 圭のことで精神的に限界を迎えようとしていたところに、入院だの、番解消だのという悲観的要素を突き付け、更に追い詰めて「圭を守る」という一言を引き出した。 そして、その話を聞いていた圭も、瞳を潤ませていた。 「なぁ、恭一郎?俺さ、夢見てたんだ……スゲー綺麗な光があんのに、それをお前と一緒に見てたのに、気付いたらお前はどこにもいなくて、光もなくなってた……」 それで涙を零していたのかと、恭一郎はようやく納得した。 「俺はお前がいないとだめなんだ……だから、ゴメン……やっぱり恭一郎は姉ちゃんに任せられねーんだ」 「知ってるわよ、そんなこと。でもまぁ、世間体考えちゃう気持ちも理解できるわ。もっと同性愛者達が生き易い世の中になればいいわね」 そして聖は恭一郎と向き合った。 「こんなめんどくさい弟だけど、頼むわね、恭ちゃん」 「はあ……」 恭一郎にしてみれば、何だか狐につままれた気分だ。 自分がラット現象に見舞われたという不思議な体験を、まだ実感として受け入れ切れていない。 それを聖に言ってみれば、彼女は笑った。 「恭ちゃんがラット現象に陥ったから、圭ちゃんが目覚めたのよ。番のαを守る、そういう強い意思が必要だったの」 「そう……なのか?」 恭一郎は圭を見るが、圭自身もよく分からないらしく、小首を傾げている。 「ま、いいじゃないの。結果オーライよ」 それきり背を向け、家を出て行く女医の背中を、恭一郎と圭は並んで見守っていたが、やがて恭一郎が呟いた。 「ラット……お前を守るっていう強い意思、か」 「なぁ、何がどうなってんだ?」 圭は全く事情が飲み込めていなかった。 唯一理解しているのは、渾身の力を込めて書いたあのメモが、どうやらうやむやになったらしいということだった。

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