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第19話
それから夏を終え、秋も終わりに差し掛かった晩秋となり、恭一郎と圭は岐路に立たされていた。
原因は圭の卒論だ。
夏の頃からあまり捗っておらず、年明けには提出しなければならないそれが、まだ半分くらいしか仕上がっていないのである。
圭としては甚だ不本意だが、もう卒業を諦めると口にした。
「そうか、それがお前が出した結論なら、俺は口出ししない」
当初卒論を手伝うつもりでいた恭一郎だが、恋人を卒業させるために卒論を代筆するような真似をするのは間違っていると考えるようになった。
「今日は朗報がある」
そんな恭一郎は、夕食の席で唐揚げを頬張りながら、にっこりと笑った。
圭がドキッとするほど、魅惑的で美しい笑みだ。
「俺の実家の家業だが、兄が継いでいるという話を覚えているか?」
「ああ、お前のオヤジさんが亡くなってから、そうなってんだよな?」
「そうだ。その兄の会社の系列に、IT専門の会社がある。俺はそこに就職することになった」
圭は意外だとばかりに、同じく唐揚げを頬張りながら小首を傾げた。
昔の恭一郎なら「兄の世話になどなるものか」と言っていただろうに、どうして撤回する気になったのだろう。
別に兄弟仲が悪いというのではなく、単にデキの良過ぎる兄に引け目を感じているだけだったようだが、もう割り切れたのだろうか。
「兄にはお前とのことを全て話した。その上で、在宅での勤務を許してもらった。俺だけでなく、お前もだ」
「え……?」
「黙って話を進めてすまなかった。だが、そうしなければお前と離れてしまう」
「え?だって恭一郎はどこで働こうが、この家に帰って来るんだよな?」
そうなのだが、就業時間中も離れたくないというのが、恭一郎の言い分だった。
「それって……一秒たりとも離れたくないとか、そんな感じなのか?」
「お前は違うのか?」
質問を質問で返すなと言いたい圭だが、これは図星だった。
卒業したら恭一郎との生活がどう変わるのかが気掛かりで、それが卒論の執筆を遅らせていた原因だったからだ。
「俺も……同じ。なんか、卒論できそうな気がしてきた」
「なぜだ?」
「だからさ……卒業後のことばっか気にしてて卒論に集中できなかったっつーか……」
「そうだったのか?ならなぜ言わなかった?」
それは恭一郎に「重苦しい」と思われたくなかったからだ。
ただでさえ暇さえあればセックスに付き合わせているのに、この上「お前の将来が気になって卒論が書けない」などと言えるはずがない。
素直にそう暴露すれば、恭一郎は箸を置いて立ち上がり、圭の背後に回ってギュッと抱き締めてきた。
「ちょ、恭一郎!?」
まだ食事中なのにいきなり何をするのかと声を荒げれば、「欲しい」と耳元で囁かれる。
「ま、まだ俺食ってない!」
「俺もだ……後で温め直して食べればいい……」
「う……」
こんな風に恭一郎の方から誘ってくるのは、初めてではないだろうか。
背後からしがみつかれては、圭としても箸を置くしかない。
「な、恭一郎?」
「何だ?」
「その、就職の話……ありがとな」
「構わないさ。お前とずっと一緒にいられる道を選んだまでだ」
ちなみにいつ頃から動いていたのかと問えば、圭が数ヶ月前に突然大学でヒートに突入してからすぐ、つまり番になって間もない頃だったのだという。
「俺と番になったこと、総一郎さんに言ったんだな……」
「ああ。絶縁されてもいいと思っていたんだが、兄は兄でオメガバースを理解しようとしてくれた」
だから恭一郎から在宅勤務の話を切り出してから、何度も番とはどういうものかについての質問を受けたし、恭一郎も偽ることなく応じてきた。
そしてついに2人まとめて在宅勤務を認めさせたという訳だ。
「そっか……俺、結構幸せ者だったんだな……」
「今頃気付いたのか?」
「うっせ……」
振り向けば、恭一郎の形の良い唇が待っていて、そこに自分の唇を重ねようと首を動かせば、チュッという音が響いた。
「唐揚げ味だな」
「す、すんなら歯磨きするから……お前もしろよ……」
「ああ」
断られたらどうしようと内心怯えていた恭一郎だが、ちゃんと圭がオーケーしてくれてよかった。
就職の件もだが、セックスに誘うのも初めてで、いつになく緊張していたのだった。
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