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番外編-狼先生と仔兎生徒の見た夢
二月十四日、凛はこんな夢を見た。
仔兎凛はおさんぽ中に狼郷野をみつけました。
おなかをへらした狼郷野はたおれていて、とても弱っていました。
家につれてかえるとお父さんお母さんがこまるだろうし、狼郷野はとにかく弱っていて、そこから動くことができません。
仔兎凛はパンケーキやビスケットをもっていましたが、狼郷野はそれらをたべられません。
そうです。狼郷野はにくしょくなのです。
仔兎凛に狩りができるわけもなく、ただ時間だけが過ぎて、お昼が夕がたになり、おろおろする仔兎凛の前で、狼郷野はどんどん弱っていくばかりです。
夕がたが夜になろうとしていました。
仔兎凛は、きめました。
「狼さん、オレをたべてください」
あつめてきた木の枝に火をつけて、仔兎凛は、ぎゅっと目をつむってとびこもうとしました。
仔兎凛より、先に、狼郷野がさいごの力をふりしぼって、とびだしました。
やさしい仔兎凛が怖い火にやかれないよう、仔兎凛より、先に、自分をもやしました。
灰になった狼郷野に、仔兎凛は、なみだがとまりませんでした。
その日の朝、学校の校門では抜き打ちの服装チェックが行われていた。
生活指導の教員と、体育教師の郷野が点検表を手にして登校する生徒達の身だしなみをつぶさに確認している。
「げ、キョーノだ」
「やば、俺、昨日染めたばっかなのに」
前を歩いていた男子生徒が着崩していた制服を慌てて正す中、マフラーに顔を埋めて元気のない足取りで進んでいた凛は目を見開かせた。
……先生だ。
……ちゃんと、そこに、いる。
「……藤崎」
自分の正面で立ち止まるや否や、突然声もなく泣き始めた凛に郷野は珍しく目を見張らせた。
生活指導の教員に一言断りを入れると、ダッフルコート越しに背中に手を宛がい、人気のない場所へ連れて行く。
鬱蒼と草木の生い茂る裏庭で涙をぽろぽろ零す凛と改めて向かい合った。
「どうした、藤崎」
朝の澄んだ空気に郷野の低めの声が溶けていく。
ミリタリージャケットを纏った彼は、やや前屈みとなって凛の目線の高さに合わせ、鋭かった目つきを和らげた。
「何かあったのか」
……すごく怖い夢を見たんです……。
「夢?」
頷いた凛は、郷野に、ぎゅっとしがみついた。
校舎の影で一段と寒さが増している中、ジャケットに頬擦りし、スンスンと小さく鼻を鳴らす。
あ。
先生の匂いがする。
不穏な動悸と共に目覚めを迎え、その不安を引き摺っていた凛は、やっと心から安心した。
あやすように大きな掌で背中をぽんぽん叩かれると、心地よくて、つい笑う。
泣いていたかと思えば、とても嬉しそうに笑った凛につられて、郷野も僅かな笑みを口元に浮かべた。
「……あ」
「どうした」
「オレ、先生にあげようと思ったのに、チョコ……家に忘れてきました」
「……別に明日でもいい」
予鈴のチャイムが校内に鳴り渡るまで、二人は、そうして互いの温もりを確かめ合っていた。
「なぁなぁ、藤崎、災難だったな~」
「え?」
「お前、朝、キョーノに注意されて泣いちゃったんだろ!?」
「あ……えっと」
「目ぇ、そんな腫らしちゃって。かわいそ~に」
遅刻しないよう駆け足で教室に飛び込むなり、わっと集まってきたクラスメートにやたら同情されて、凛はぎこちない笑顔を浮かべるしかなかった……。
次の日、郷野はこんな夢を見た。
足を怪我した仔兎の凛が道端に倒れていて、狼郷野は、小さな彼を抱き上げて自分の住処へ運んだ。
手当てをし、温かいスープをつくってやると、仔兎の凛は喜んで「ありがとう、狼さん」と満開の笑顔で礼を告げた。
それから、二人で、ずっと仲良く一緒に暮らした。
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