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三月中旬、凛の通う高校で卒業式が行われた。
在校生は一部が参列して卒業生を見送るのが恒例となっている。
一年生の凛もその日は登校し、式典が開かれる体育館で長い間パイプ椅子に座っていた。
不純だと思いながらも目で追うのはスーツ姿の郷野ばかり。
普段の服装は動きやすいジャージなどのスポーツウェアが多い。
短髪で一八二センチの長身、引き締まった筋肉質体型である郷野は大概何でも着こなす。
こういった行事でしか見られない正装はやはり新鮮で、凛を含む一部の生徒にとってはぐっとクルものがあった。
かっこいいけど、見慣れないから違う人みたいで、ちょっと寂しい……かな。
凜はこの後も郷野と会う予定だった。
バスケの練習は本日休みで、いつもより早めにあの待ち合わせ場所で落ち合い、遠出して海までドライブする約束をしていた。
スーツ姿の先生と一緒に過ごすのは初めてかもしれない。
終業式や始業式の日には部活があったから、夕方に会うときは、もういつもの格好に戻っていた。
今は平気だけど、車の中ではどきどきして、あんまり見れないかも。
だから今のうちに見ておこうっと。
周囲の在校生が眠気と格闘している中、凛は郷野を観察するのに夢中となり、気がつけば長時間であるはずの式典はいつの間にか終了していた。
すっかり春めいた風が吹き抜ける校庭で卒業生が仲間との別れを惜しんでいる。
笑顔の生徒もいれば涙ながらに友達に抱き着く生徒、写真や動画撮影に忙しく立ち回る者など、春一番に負けじと騒がしい。
凛は教室の窓から曇り空の下に広がる光景を眺めていた。
今は使われていない空き教室。
体育祭に利用する立て看板や余分な机イスなどが保管されている。
一時間前、郷野をこっそり見つめていたときの昂揚感はその顔から消え失せていた。
むしろ正反対の感情が揺らめいていて。
「凛」
窓に添えられていた凛の手に、別の誰かの手が、重なった。
「一度だけ。今、この一回だけだから」
それでお前のこと忘れる。
忘れられるから。
「……」
彷徨う凛の視線はバスケ部の卒業生から花束を渡されている郷野に行き着いた。
先生、先生。
ごめんなさい。
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