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三十分前。 式典が終了して、待ち合わせの時間までどうしようか、目的もなく校内を歩き回っていた凛に声をかけてきた者がいた。 「凛」 三階の渡り廊下で振り返った凛の視線の先には先輩がいた。 先ほどステージ上で校長から卒業証書を手渡されたばかりの男子生徒。 凛にとって、かつて甘い高鳴りをくれた上級生。 「……久し振り」 教室で重たいアルバムを受け取った他の同級生らが校庭で集合しているのに対し、一人、校舎に残った彼は凛を探していた。 式典で視界の端に見かけた下級生。 彼にとって、自分が置き去りにしてしまった、忘れられない……。 「本当にごめん」 硬直している凛の前までやってきた先輩は深く頭を下げた。 いきなりの出来事に凛は返事もできずに、ただ、先輩の旋毛を眺めた。 『すみませんでした!!』 二学期の十一月、放課後の体育用具倉庫で抱き合っていたところを郷野に発見されるなり、先輩は凛を置いて逃げ出した。 あの瞬間はショックで、悲しくて、凍りついた凛であったが。 結局その後、郷野と秘密の関係で結ばれたわけで。 今日、学校を旅立っていく記念すべき日に先輩に頭を下げられて、凛はただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「先輩、あの――」 「ごめん、本当、今更って感じだよな。遅すぎだって、自分でもわかってるんだけど」 お前にちゃんと謝りたくて。 あの時、頭ん中真っ白になって、受験に響くって、咄嗟にそう思って。 お前を置いて逃げた。 メールとか電話とか、しようと思ったけど、絶対に拒まれると思って。 俺はお前からも逃げたんだ、凛。 「馬鹿で最低最悪な奴でごめん」 もういいのに、と凛は思った。 あの束の間の恋心も、置き去りにされたことも、忘れていたから。 今は郷野先生がオレの好きな人だから。 「先輩、もう、いいです」 「凛」 「オレ……怒ってないです」 深々と頭を下げていた先輩は姿勢を元に戻し、華奢な凛を見下ろした。 出会った当初に魅了された快活な笑顔はもうどこにも見当たらない。 凛は代わりに笑顔を浮かべた。 「卒業おめでとうございます、先輩」 旅立つ彼に祝辞を述べると、初めてキスした場所である三階渡り廊下から、未練なく去ろうとした。 「凛」 伸びてきた手が去り行く凛を捕まえる。 振り返った凛は、次の瞬間、先輩の腕の中にいた。 「もう一度ちゃんとやり直したい」 どうしてそんなことを言うの、先輩。 オレは、今、郷野先生と。 「……今、好きな人がいるんです、だから」 「それなら、凛、頼むから」 一度だけ。 「先輩」 「なぁ、好きなんだよ。やっぱり。こんなんじゃ、俺、先に進めない」 俺を助けて、凛。 先生、先生。 ごめんなさい。

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