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「……立てる?」
「……平気です、大丈夫です」
空き教室の隅に埋もれるようにして蹲っていた凛は顔を伏せたまま、自分を覗き込む先輩に告げた。
「さようなら、先輩」
先輩は身動きしない凛の制服を整えると、立ち上がり、後輩に告げた。
「ありがとう、さよなら、凛」
そして彼は忘れられなかった束の間の恋人から今やっと卒業していった。
足音が遠ざかり、静寂が訪れるかと思いきや、まだ校庭で続いている笑い声が教室に流れ込んできた。
凛は外敵から身を守るように自分自身を抱き締めてじっと蹲っていた。
時間の経過がまるでわからなかった。
たった短いひと時が随分と長く思えたような気もした。
床に手を突いて、ゆっくり、身を起こす。
窓辺に片手を引っ掛けて、膝立ちとなり、閉ざされていたカーテンを横にずらす。
先ほどと大して変わらない光景が凛の眼下に広がった。
スーツ姿の郷野は先ほどよりも多い人数の卒業生に囲まれていたが。
先生、先生。
彼を見つけた瞬間、凛の双眸から、涙が溢れ落ちた。
「先生……ごめんなさい……」
オレ、先生を裏切りました。
今日は急な用事で会えなくなったというメールを送った。
もしも郷野が自分と同じことをしたらと想像してみた。
かつて一緒にいた相手と、自分が知らないところで、体を重ねたら。
「……」
自宅の部屋、凛は自分のベッドに制服のまま丸くなっていた。
尽きたと思った涙がこめかみへ流れ落ち、ひんやり冷たい感触に力なく瞬きする。
先輩が真剣に頼むから。
拒めなかったから。
一度きりだから。
言い訳に縋れば縋るほど罪悪感が増していく。
最低だ。
郷野先生の知らないところで、先輩と。
「……最低だ」
凛は開きっぱなしのカーテンから覗く灰色の空をぼんやりと見つめた。
すると。
懐に落ちていた携帯が不意に振動した。
びくりと震えた凛は上体を起こしてメール受信中の表示を見、しばし、ベッドの上で硬直した。
振動が止んで点滅する携帯。
鼓動が早くなる。
見たいような、見たくないような、心が二つに割れたような気持ちで手を伸ばす。
唇を噛んだ凛は郷野からのメールを確認した。
-わかった 明日は会えるか-
瞬きしたら液晶画面に涙が落ちた。
凛はすぐに頬と携帯を拭って、郷野からの簡潔な文面に対し、返信の作成を始めた。
せんせいとはもうあえません
先生とはもう会えません
先生とはもう会いません
-先生とはもう会いません
ごめんなさい-
凛は短い二行の文章を郷野に送信した。
……先生のそばにいる資格なんてオレにはないから……。
郷野の返信はそれから途絶えた。
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