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「キョーノ先生」 移動教室のためクラスメートと廊下を歩いていた凛はその名前を耳にして思わず立ち止まりそうになった。 以前、男子生徒に殴られた直後、保健室に向かう郷野の後を追いかけていった女子生徒が視線の先にいた。 彼女は凛のいる方へ足早にやってきた。初めてまともに目の当たりにしたその顔立ちは可愛いというより綺麗に整っていて、やはり大人びた雰囲気を持っていた。 凛と擦れ違う際、彼女は、ほんの一瞬歩調を緩めた。 凜はそれにまるで気づかずに自分の背後にばかり意識を傾けていた。 郷野先生、オレの後ろにいたんだ。 「先生、今日一緒にお昼食べよう」 凛はそれまで遅めであった歩調を急に速めた。一緒にいたクラスメートは背後を顧みつつ慌てて隣をついてくる。 「二年の宮坂先輩って美人なのに男の趣味悪くね?」 「でもお似合いかも~、どっちも一匹狼タイプっぽくて」 ううん、宮坂先輩、全然趣味悪くないよ。 宮坂という女子生徒に誘われて、郷野がどう答えるのか、それを聞くのが怖くて。凛は耳を塞ぐ代わりに脱兎さながらに速度を上げた。 「ちょ、藤崎、早いってば!」 卒業式にメールの遣り取りをしたのが最後で、凛と郷野はあれから何のコンタクトもとっていなかった。 二年の授業を受け持つ郷野は元よりバスケ部員以外の一年生と顔を合わせる機会があまりない。 しかし新学期からはどうなるのか。郷野が二年生担当を継続するのであれば凛は必然的に授業で顔を合わせることになる。 「クラス替えどうなるかなぁ~」 「みんな文系志望だから同じクラスになるんじゃ?」 「藤崎も文系だよな」 「あ……うん」 修了式はもう目前だ。 こんなかたちで先生との関係が終わるなんて思ってもみなかった。 四月、オレはちゃんと向き合えるのかな。 毎日学校に先生はいるけれど、オレの隣には、もういない。 ……それ相応のことをしたのだから当然の罰だけれども。 卒業式での出来事を隠したまま先生と一緒にいる。 その道を選んだ場合、先生を裏切り続けることになる。 だから、自分から離れる道を選んだけれども。 先生、先生。 凛はあれからずっと心の中で郷野を呼び続けている。

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