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郷野は凛を見た。 凛は郷野を見つめていた。 「先生、先生……オレ……」 オレも先輩と同じことをしてしまった。 先生から逃げた。 裏切ったことを打ち明けるのが怖くて、それを知って幻滅されたら、嫌われたらと思うと、心が竦んで。 真実を知られずに済む卑怯な道を選んだ。 こんなの、もっと、最低だ。 先生のそばにいるどころか、好きでいてもらう資格すらない。 「先生、オレは――」 凛は郷野に告白した。 卒業式にあったこと、全て。 ただ、凛は、面と向かって「ごめんなさい」と郷野に謝ることができなかった。 全てを打ち明けるので精一杯だった。 後は郷野に委ねるしかなかった。 「……」 郷野は無言で凛の話を聞いていた。 再びハンドルに両腕を乗せて、次第に暮れ行く空、騒々しく光り始めた街並みへ視線を傾けていた。 辺りは薄闇と静寂に包まれている。 たまに高台公園から降りてきた車がエンジン音の尾を引いて通り過ぎていく。 沈黙が耳に痛い。 告白を終えた凛は郷野の方を見ることができずに、鞄を抱き締め、助手席で頑なに俯いていた。 「藤崎」 名を呼ばれた。いつになく低い声音だった。 覚悟を決めて凛は隣に顔を向ける。 その瞬間。 生徒は教師にキスされた。 それはかつてない荒々しいキスだった。 舌先で容赦なく犯されて息継ぎまで封じられて。 「んぅ……っ」 熱く騒ぐ口腔。次から次に唾液が下顎へと滴り落ちる。 まるで貪られているようだ。 肉食獣がか弱い小動物を食い荒らすように、郷野は、凛にひたすら口づける。 仕舞いには運転席から乗り移るとすかさず助手席シートを後部座席へ目一杯に倒し、か細い両手首を掴んで、凛を組み敷くまでに至った。 「んんんっ」 息ができない。 眩暈がする。 先生に食べられてるみたい……。 今にも窒息しそうな凛の閉ざされた瞼に涙が滲んだ。舌の付け根ごと蹂躙されて、とうとう、氾濫した雫がこめかみへ伝う。 幾度となく角度を変えては凛の唇に溺れていた郷野は、その涙に、気がついた。 傲慢な唇による蹂躙がぴたりと止んだ。 「はぁ……っ」 ようやく郷野が顔を離し、解放された瑞々しい唇はやっと呼吸を取り戻し、弱々しげにひくついた。 「……せん、せ……」 肩で息をし、涙ぐむ、凛。シートに肘を突いてそんな生徒を見下ろした郷野は険しげに眉根を寄せた。 「……すまない、藤崎」 普段は全力で抑え込んでいる獣性の本能に呑まれた男は、我に返って、自分が残したばかりの痕跡を指先で拭う。 もう片方の手で凛の火照った頬も撫でた。 乱れていた髪を整えてやると、大きな掌で頭も撫でる。 「俺も好きだ」 凛の涙がさらに増した。 真上に迫る郷野に抱き着いて、泣きながら、恋しい教師に声を振り絞った。 「郷野先生、ごめんなさい……」

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