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番外編-おとぎの国の狼先生と仔兎生徒

狼郷野は今日も赤頭巾宮坂に付き纏われていた。 彼女が特に嫌いだというわけではない。 ただ、彼女の着ている「赤」がどうにも眩しい。 緑深い森の中でその色はどうにも刺激が強すぎた。 「今度一緒にピクニック行こう」 積極的な赤頭巾に狼郷野は首を左右に振る。 それでもめげない彼女は「明日また来る」と毎日同じ捨て台詞を残し、バスケットを抱えて森を去っていく。 さて、解放されたところで、狼郷野が巣穴へ帰ろうと森の中を進んでいたら。 「……困った、困っちゃった……」 ふと遠くから誰かの声が聞こえてきた。 狼郷野は耳を澄ませ、生い茂る草花をがさがさ言わせて声のする方へ分け入っていく。 さて、そこにいたものは。 燕尾服を身に纏った仔兎凛が懐中時計片手にしゃがみ込んでいた。 初めて目にする、小さな、か弱そうな、愛らしい生き物。 困っている彼に狼郷野は声をかけてみた。 「あ……っ、オレ、道に迷ってしまって……お茶会に一向に辿り着けなくて困っているんです」 恐らく森を間違えたのだろう仔兎凛は半ベソで狼郷野を見上げた。 もうすぐ日が暮れる。 いつまでもここにいたら他の狼に襲われてしまうかもしれない。 狼郷野は自分の巣穴で休まないかと仔兎凛に提案してみた。 すると半ベソだった仔兎凛の顔が途端に明るくなった。 涙できらきら光る双眸に夕焼けの木漏れ日が差して、より瑞々しく、狼郷野の目に写る。 自分と比べればまだ子供のような仔兎凛と手を繋いで狼郷野は巣穴を目指した。 が、タイミングの悪いことに、別の狼二頭と鉢合わせてしまった。 「今、ヤギをたらふく食べてきた」 「こっちは豚を三頭、頂いてきた」 欲望にぎらつく狼二頭の眼に怯える仔兎凛。 「初めて見るな、それ」 「すごくうまそうだな」 下卑た舌なめずりをする狼二頭を見据える狼郷野。 狼郷野は強かった。 鋭い眼光に狼二頭はたじろぎ、ぶつぶつ文句を言いながらもその場を去っていった。 それでも仔兎凛はまだぶるぶる震えている。 不憫に思った狼郷野は彼を抱きかかえて巣穴に戻った。 巣穴には赤頭巾宮坂に無理矢理押しつけられたお菓子があった。 仔兎凛に与えると、やっと落ち着いた彼はとてもおいしそうにビスケットを食べた。 「狼さんは食べないんですか?」 腹持ちのいい狼郷野は仔兎凛の問いかけに首を左右に振った。 さて、夜になった。 寒いので二人は一緒に眠っていた。 初めて会ったというのに、誰よりも優しく、どこか懐かしい狼郷野に仔兎凛は安心しきっていたのだが。 ふと目が覚めた。 伸びやかに体を伸ばし、瞼を持ち上げれば、すぐそばにいた狼郷野と視線が重なった。 あれ、狼さん、眠っていなかったの? 驚いている仔兎凛の髪を撫でて狼郷野はぽつりと言う。 「お前を食べたい」 ……え? 「痛くしない」 え、え、え? 食べるって、その口で、オレをがぶりって……ことだよね? どう考えてもそれって痛いよね? いきなりの展開に戸惑っている仔兎凛に、ゆっくりと、狼郷野は覆いかぶさった。 燕尾服を脱いでシャツ一枚の仔兎凛に、ゆっくりと、手を伸ばした……。 「あ……っ、狼さ、ん」 「……こんなにおいしいのは、」 「あっあっ」 「初めてだ」 仔兎凛は狼郷野に食べられていた。 外敵を寄せつけない巣穴の中で二人きり、深く体を重ね合って。 久々の飢えにうっとりと昂揚する狼郷野に優しく屠られていた。 「……狼さん」 こんなにおいしいのは初めて。 つまり、今まで、彼はいろんな相手を食べてきたのだろう。 全身を薔薇色に火照らせて身を捩じっていた仔兎凛の胸がちくっと痛んだ。 「オレ……そんなに……んっ、おいしい……ですか?」 初めての被食に延々と喘がされながらも仔兎凛は狼郷野に尋ねてみる。 かつてない飽くなき捕食に溺れていた狼郷野は頷く。 「もっとオレを食べて、狼さん」 仔兎凛はそう言って狼郷野により身を捧げた。 狼郷野は余すことなく仔兎凛を……。 結局、仔兎凛は本来行くべきお茶会に永遠に遅刻することとなった。 代わりに赤頭巾宮坂が強引に催したピクニックへ時々顔を出すようになった。 「はい、クランベリージュースをどうぞ」 「おいしそう、いただきます」 「で、ゆうべはどんな風に食べられたんだ?」 「(ぶはっ)」 「あまり俺の兎をからかうな」

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