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番外編-狼郷野と仔兎凛

鬱蒼と連なる森の片隅に一頭で暮らしている狼郷野は風を切って木々の狭間を駆け回っていた。 どこまでも走り尽くしたい衝動に従って、我を忘れて、森を駆け抜けた。 つい麓の村の近くまで降りてきたのが間違いだった。 がしゃん! 罠にかかってしまった。 後ろ脚の片方に食い込む、鋭い牙のような、慈悲なき罠。 ああ、もう終わりか。 いずれ村人がやってくるだろう、暴れたら罠はさらに深く食い込む仕掛けとなっており、狼郷野は観念した。 容赦ない痛みをぐっと堪えて、じっと死を待とうとした、そのとき。 -……だいじょうぶ? 声のした方を向くと、それは小さな小さな、淡い色をした仔兎が茂みの狭間からおっかなびっくりに顔を出していた。 痛みにぐるぐる唸りながらも狼郷野は見ず知らずの仔兎に言ってやる。 -もうじき人がくる、ここにいたらシチューの具にされる、だから早く逃げろ -……狼さんもシチューの具にされるの? -俺は…… 剥ぎ取られるだろう。 その答えを聞いた仔兎は、まるで自分にその運命が待ち構えでもしているかのように、つぶらな双眸に涙をたっぷり溜めた。 そして、おっかなびっくりに、茂みから出てくると。 自分より大きな、罠と同じくらい鋭い牙と爪を持つ狼郷野に、びくびく近づいてきた。 -おい…… -オレ、貴方のこと知ってる……魚しか食べない狼さん。オレ達兎の間では有名なんだよ 罠に捕らわれた狼郷野の傷口を間近にし、ひどく痛そうな、その有様に気を失いそうになった仔兎。 だが、必死に意識を繋ぎ止めて、か弱い前脚を伸ばした。 -おい…… 仔兎は小さな体でありながら、いっしょうけんめい頑張って、罠を外した。 淡い毛の先を赤く染めて。 -……血が出てるぞ -狼さんこそ、大変だ、血がいっぱい…… 仔兎は噎せ返るような匂いに、やはり気を失いそうになりながらも。 傷口をぺろぺろ舐めた。 -走れそう? -……ああ、なんとか -よかった 口元も狼郷野の血で淡く濡らした仔兎は、狼郷野が礼を告げる前に、ぴょんぴょん茂みの中へ突っ込み、走り去ってしまった。 狼郷野も傷口を庇いつつ森の奥深くにある巣穴へ戻った。 その翌日。 野の上を流れる清らかな小川のそばで休んでいた狼郷野の耳に小さな小さな悲鳴が飛び込んできた。 まだ癒えていない足の痛みなど気にもせず、森の中を駆け抜けた狼郷野は、余所の森からやってきた若い狼三頭と遭遇した。 先頭にいた狼の口の狭間には淡い色をした………… 怒り狂った狼郷野は若い狼三頭を叩きのめした。 殺しかねない勢いで、命は奪わずに、この森を去る分の余力だけは残してやった。 まだかろうじて息のあった、小さな小さな仔兎を、そっと巣穴へ運んだ。 あたたかい。 とくん、とくん、聞こえる。 これはオレのしんぞう? それとも……。 ……オレ、死んだんじゃなかったの? -起きたか 狼郷野のふかふかした懐で仔兎は目を覚ました。 ずっと、長いこと、仔兎は眠っていた。 狼郷野は寝ずに、ずっと、仔兎を見守っていた。 -狼さん -喋るな。傷が開く。じっとしてろ -助けてくれたの? -………… -ありがとう -それはこっちの台詞だ ありがとう。 狼郷野は労わるように仔兎を舐めた。 仔兎は痛みよりも、深いあいじょうを感じて、身を委ねた。 安心して、また、狼郷野の懐で浅い眠りについた。 次の日も仔兎は狼郷野に寄り添われて眠った。 その次の日も、しばらく、同じ日々を過ごした。 -狼さん、見て! 久し振りに外へ出た仔兎はぴょんぴょん野の上を飛び回る。 狼郷野は、すっかり元気になった仔兎に片時も離れずについて回った。 たまに感じる後ろ片脚の疼きなど気にもならない。 仔兎が元通りに元気になってくれた、それだけで、狼郷野は。 -狼さん、オレ、凛って言うの。  これからも、ずっと、一緒に眠っていい?   幸せだった。

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