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春休み半ば、バスケ部の練習指導を午前中に終えた郷野は凛を連れて郊外にある大型公園施設までぶらりと出かけた。
ドッグランも併設され、小動物との触れ合い広場やバラ園などもある。天気のいい日にはもってこいのドライブスポットだった。
「人、多いですね」
「休みだからな」
晴れ渡った空の下、家族連れが過半数を占める客層の中、凛は活き活きとした表情で楽しそうに屋外施設を歩き回る。
一方、郷野は凛の歩調に合わせて隣を歩いていた。
飼い主に抱っこされた小型犬や春先に咲く花々に気をとられ、凛が誰かにぶつかりそうになる度、その細い肩をさり気なく抱き寄せ、衝突を回避していた。
「あ、ごめんなさい、先生」
バイである郷野は元より恋人と手を繋いだり腕を組んだりして人前で密着するタイプではなかった。
同性の場合はともかく相手が異性だろうと、公の場における過剰なスキンシップは常日頃から控えていた。
凛だけが特別だった。
公の場でも見過ごされる軽いスキンシップ狙い、つまり紳士的振舞の裏には些細な下心が隠されていたわけである。
「先生、あっちに行ってもいいですか?」
凛が指差した先は幼い子どもとその親で賑わう触れ合い広場だった。
凛はなかなか動物好きのようだ。特に苦手というわけでもない郷野はフェンスに囲まれたコーナーへ生徒と共に入った。
モルモットがサービス精神旺盛にちょこまかと足元を動き回り、山羊は怖いくらい積極的に餌を強請ってくる。
はしゃぐ子どもたちを気にしつつ、凛は、隅っこで丸まっていた一匹の小動物をそっと抱っこした。
仔兎だ。
ピンク色に染まった鼻をヒクヒクさせ、凛の腕に大人しく抱かれている。
「かわいい。あったかい」
抱っこした兎を笑顔であやしている凛を前にして、郷野は、迷った。
携帯で撮影してもいいだろうか。
さすがに目立つだろうか。
いや、でも。周囲の客は撮影しまくっている。別にこのコーナーで俺が藤崎を撮影したところで浮くことは……。
いや、でも。浮くな、確実に。
「先生も抱っこしますか?」
「……ああ」
郷野が葛藤していることを知る由もない凛は無邪気に体育教師の胸に兎を傾けた。
受け取った郷野が慎重に懐に抱き、長い耳を撫でつけるようにゆっくり撫でると、飛びきりの笑顔を浮かべた。
「可愛いですね、兎」
可愛い兎を撫でるお前の方がもっと可愛かった、と真顔で仔兎を抱きながら密かに思う、一途な郷野であった。
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