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「ドッグランの近くまで行ってみるか」
「はい!」
「でかいのがいるけど大丈夫か」
過保護な郷野の問いかけに凛は頷いてみせた。
オレ、一応高校生なんですけど、先生。
時々、先生は大袈裟なくらい子ども扱いしてくることがある。
ちっちゃい生き物レベル取扱い、みたいな。
兎を抱っこしてはしゃぐなんて確かに子どもっぽい……ですけど。
学校では先生のこと怖がってる人が多いけど、兎は怖がらなかったですね、先生?
「藤崎、どうして一人で笑ってる」
「何でもないです」
二人は触れ合い広場よりも頑丈な柵に囲まれたドッグラン近くまでやってきた。
芝生の上を思い思いに駆け抜ける大型犬、ボール遊びに夢中になっている小型犬もいた。
「みんな気持ちよさそうですね」
「そうだな」
この時季にしては寒い昼下がり、ミリタリージャケットを羽織った郷野は垂直にピンと背中を伸ばし、風を切って颯爽と駆け抜ける大型犬を薄目がちに見つめていた。
スタイル抜群である体育教師の隣で凛はふと考えた。
先生って動物に例えたらなんだろう。
友達は一匹狼みたいって、そう言ってたっけ。
うん、狼、合ってるかも。
狼ってずっと同じ伴侶と一生を過ごすんだよね。
性格は荒っぽいところもあるけれど。大切な存在には愛情豊かな動物だって。
「藤崎」
「えっ?」
「お前、顔が赤いぞ」
「えっあっ。えっと」
「体が冷えたか。店に入るか、それとも車に戻るか?」
威勢のいい鳴き声や遠吠えに鼓膜をビリビリ震わせていた凛は郷野の問いかけに慌てて頷いた。
「どっちだ、それは」
「あ……」
たくさんの来場者で賑わう園内、澄み渡る青空。
もっと隅々まで歩き回って、売店を覗いたり季節毎に咲く花の写真が展示されたミュージアムを覗いたり、何か食べたい気もしたが。
無性に郷野と二人きりになりたくなった凛は「車に……」と、ぽつんと答えた。
「わかった」
やたら広い駐車場に戻る途中、郷野は自販機でホットの缶コーヒーを二つ買い、一つを凛に無言で差し出した。
あったかい。
先生、ありがとう。
些細なことで胸がいっぱいになって、うまく礼が言えずに、一途な凛は心の中でそっとお礼を述べた。
高速に乗って一時間ほど追い越し車線に偏り気味に快速に車を走らせ、次に郷野が向かった先は、春の海だった。
更衣室やシャワー室などの設備が備わった、夏になれば多くの海水浴客で賑わう人工海水浴場。
しかしながら春先である今時期は閑散としている。
犬を散歩させている飼い主が砂浜に一人、後は防波堤に釣り客が数名。通り過ぎてきたばかりの国道沿いに建つ喫茶店も一見して空いていた。
凛は白スニーカーで砂浜を踏み鳴らして郷野の少し先を歩く。
長めの髪が海風に靡いて降り注ぐ日差しに淡い茶色の艶を零していた。
額に片手を翳して遠くに広がる水平線を見、その度に血色よく上気した横顔が少し後ろを歩く郷野の視界に写り込む。
「キラキラしてます」
「そうだな。寒くないか」
「ちょっと。でも大丈夫です」
長く連なる砂浜には二人の大分先を歩く飼い犬とその飼い主と、凛の足跡が続いていた。
「気持ちいいですね、先生」
郷野は凛の足跡のすぐそばを辿った。サイズが大きい自分の靴で掻き消してしまわないよう。
まるでぴったり寄り添って歩いていたかのように。
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