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「あれ。先客いたんだ?」 磨りガラスのドアが開かれて顔を覗かせた人物と目が合い、壁際に設置されたベッド上で凛はものの見事に固まった。 「そーいうこと。だからあんな嫌がってたわけ、か」 訪問者は凛の予想に反して男であった。 日曜の朝にストライプスーツを着、ネクタイを締め、細面に銀縁眼鏡をかけてブランド物のビジネスバッグを携えている。 ナチュラルブラウンに染められた髪も綺麗にセットされていて隙がない、今から出勤といった体だ。 目尻が下がり気味の甘やかな目許、左側に黒子が一つ。 初対面となる、ベッドで縮こまっている凛を面白そうに真っ向から観賞している。 「真葵。下のインターホン鳴らさないでどうやって入った」 男の背後から姿を現した郷野がその視線を塞ぐようにベッド前に立った。 困り果てていた凛はほっとする。 毛布の下、その下半身はすっぽんぽん、冷や汗が背中をタラタラ、状況は何も変わっていないが。 恋しい体育教師に守られている実感が湧いて、少しだけ緊張を緩めた。 郷野の肩越しに興味津々に凛へ視線を注ぎつつ、男は、端整な唇を片端だけ吊り上げてみせた。 「出入りしてたマンションの住人にくっついて入ったけど」 「……お前、それでも法律家なのか」 呆れる郷野に男は、真葵は、笑みを深めた。 「そうそう。それに関してご報告がありまして。この度、街のみんなの法律家、真葵(まき)涼汰朗(りょうたろう)は独立して個人事務所開業と相成りました」 真葵はスパイシーな香水が香るスーツ懐から取り出した名刺を郷野に、そして凛にまで手渡してきた。 横書きで<真葵涼汰朗司法書士事務所>と印刷され、その下に氏名、住所及び電話番号、法務大臣から認定を受けたとされる簡裁訴訟認定番号も記載されていた。 「不動産登記や過払い、債務整理、何かお困りのことがあったら何でもご相談を」 ぎこちなく両手で受け取った凛に不要なほどの至近距離から真葵は笑いかけた。 「それで。何の用だ」 郷野はすかさず凛と真葵の間に割って入った。それどころか真葵の片腕を掴んで有無を言わさずベッドから引き離した。 親しいのか、不仲なのか。 二人は一体どういった関係にあるのか。 「そんなつっけんどんにしないでくれる。可哀想なことに事務所から朝帰りなんです。だから労わって?」 「……何の用だ」 「お花見行こう」 「は?」 「やっと内装が一段落ついてさ。あ、そうそう、応接セットが届く前に、前の事務所で担当していたクライアントが何人も来ちゃって。知人に紹介したいって、さ。俺って殊の外有能なんだよねー」 「……」 「これから本調子、バリバリ切り盛りしていかないと。そのスタート記念にお花見、付き合って、真一?」 あ。 郷野先生のこと、今、名前で呼んだ。

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