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もしかしたら郷野から真葵のことでメールが来るかもしれない。 しかし凛の淡い期待を無視するように携帯は友達からの他愛ないメッセージを受信するのみ。 短い春休みはあっという間に過ぎ去り、翌日に始業式を控えた最終日となった。 ガラス越しに鮮やかに色づく街路樹に意味もなく視線を泳がせ、凛は、ため息をつく。 「はぁ」 「藤崎君、聞いてるのか?」 春爛漫なムードとは反対に物憂げなオーラを発していた凛は、向かい側でファミレスのパンケーキセットを堪能中の上級生女子、宮坂に視線を戻した。 「すみません、聞いてませんでした……」 「キョーノ先生と何かあったか」 「ど、どうしてわかるんです?」 「嫌でもわかる」 ストレートの黒髪をサラリと流して黒一色のワンピースを着こなした宮坂は肩を竦めてみせる。 「……あったというか。むしろ何もないっていうか」 体育教師との関係を嗅ぎつけられ、当人の了承を得て自分の口からも宮坂に秘密を打ち明けていた凛は、そう答えた。 真葵も含めて三人でお花見に行って以来、郷野とは会っていない。 春休みとは言えバスケの部活動があり、新学期の準備もある何かと忙しい教師に「会いたいです」という一行メールを送ろうとしては、断念する夜を過ごしていた。 秘密の関係が始まった去年の十一月から今日までの約半年間、携帯を握りしめて葛藤する夜は何度だってあった。 凛が今こんなにもモヤモヤしているのは、やはり真葵という存在が大きく起因していた。 郷野と同年代と思しき大人の男。 個人事務所を開業し、職場で一夜を明かすほど仕事に尽くしている、洗練された外見で見るからにデキそうな隙のない彼。 大人しくて無害で、中学高校のクラスメートから睨まれたことさえなかった凛に、耐性のない敵意をぶつけてきた意地悪な真葵。 甘え癖があるとか、郷野が甘やかしているとか、会ったばかりの彼から露骨に子ども扱いされたことが脳裏に蘇り、凛は苦々しい表情になった。 「藤崎君、その顔、面白いぞ」 もう高校二年になるのに。 聞きたいことが聞けなくて、ウジウジして、一人で悩んでばっかりで。 子どもっていうより、ただの意気地なし……だ。 ……もういいや。 真葵さんと会うことなんて、この先ないだろうし。 忘れよう。 明日から新学期。学校で郷野先生に会える。 いちいち過去のことなんか気にする必要、ない……。 「やっぱり凛クンだ」 え?

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