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「藤崎に近づくなと言ったはずだ」 インターホンでやり取りしたときから郷野は真葵に苛立っていた。 「だから会わせたくなかったんだ」 部屋を訪れてみれば隣にいた真葵の片腕を力任せに掴み、玄関先で不穏な空気を立ち上らせた体育教師に、凛は慌てて説明する。 「先生、オレが会いに行ったんです!」 「……お前が真葵に会いに?」 「そうです。もらった名刺に住所が載ってたから、携帯で調べて、真葵さんの事務所まで行ったんです」 シンプルな部屋着姿で裸足の郷野は取り縋ってきた凛を見、真葵の腕を無言で離した。 自由になった真葵は一切怒りもせずに、惜しみなく光沢を発する茶の革靴を脱いで「お邪魔しまーす」と主の了解も得ずに部屋へ上がり込んだ。 早めに済ませた夕食の後片付けが途中になっているキッチンを遠慮なく眺めている真葵を放置し、郷野は、スニーカーを脱ごうとしている凛の頭を撫でた。 「明日から二年に進級だな」 たった今まで身に纏っていた殺気を削ぎ落として郷野は呟いた。 「お前が入学してもう一年経つのか」 そうだった。 郷野先生、入学式のときから、オレのこと。 すでに入浴も終えて毛先が濡れている教師に素直に胸をときめかせる凛。 春風に乱れていた髪を梳いてやりながら郷野は。 頭の中に綴られた膨大なる記憶の中、色褪せない、凛と初めて出会ったときの思い出を見失うことなく脳裏に掬い出した。 春の宵、教師と生徒は想いを深め合い、見つめ合った。 「大根と牛スジの煮物、おいしそう、もらってもいい?」 二人の間に割り込んだ無粋な一声に教師はため息を殺す。 「勝手に人の家の鍋の中身を見るな」 長居されたら堪ったものじゃないと、郷野はキッチンで鍋を覗き込んでいた真葵を再び玄関へ引き戻した。 「帰ってくれ」 「つめた。まぁ、仕事が残ってるから帰りますけど。スタッフ雇う余裕がないから全部一人でこなさないといけないんだよね、あ、そうだ! よかったら凛クン、ウチでバイトしない? 放課後、真一とイチャイチャして自堕落に過ごすより遥かに社会貢献できるよ?」 「今すぐ帰ってくれ」 「じゃあタッパ―貸して、煮物、詰めて帰る」 「あのな」 「代わりといっちゃ何だけど、ほら、お土産」

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