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7-13
真葵は自分を追い払おうとする郷野にソレを突きつけた。
「昨日、居酒屋で愚痴に一時間付き合ってもらったし? そのお礼も兼ねて?」
スラックスのポケットから取り出されたICレコーダーに、わけがわからない郷野は無表情のまま、凛はきょとんとする。
「たまーに打ち合わせで使うんだけど。さっき間違えて録音ボタン押しちゃったかも、えーと、ね」
コンパクトな装置をいじり始めた真葵を前にして、きょとんとしていた凛の顔に、まさか……という焦りがじわじわと広がっていく。
「真葵さん……あの、まさか」
「この辺かな?」
真葵によって再生ボタンが押されてキッチンに流れ始めた会話。
『真一じゃ物足りなくて俺のところに来た?』
「わぁぁぁぁっ」
「ッ、どうした、藤崎」
「やめ、やめてくださいっ、真葵さん!」
「ちょっと巻き戻し過ぎちゃった」
真っ赤になった凛は我を忘れて真葵に飛びついた。
郷野より背は低いが、凛と比べれば上背ある司法書士は、意地悪に片腕をピンと上げ、柔な両手が届かない位置にICレコーダーを持ち上げてしまう。
「こんなのひどいですっ、ひど過ぎますっ!」
「まぁまぁ」
「藤崎とお前の会話か……?」
心底愉快そうに笑う真葵に掴みかかる凛。
本人は本気で阻止しようとしているつもりなのだが、傍から見れば、じゃれついているようにしか見えない。
実際、郷野の目にもそのように写っていて、心中穏やかではいられないのが本音だった。
「藤崎、真葵に密着し過ぎだ」
「せ、先生、耳塞いでくださいっ」
『真一とどんなセックスするの?』
「……お前、藤崎になんてこと聞いてるんだ」
「まぁまぁ」
「わぁぁぁぁっ!」
「こらこら、凛クン、近所迷惑だから」
真葵は片腕で凛を抱き込むとその口元を片手で覆った。
凛はこれ以上再生されるのを涙目で嫌がり、堪忍袋の緒が切れかけた郷野は二人の元へ近づこうと。
『真一、俺に返してくれない?』
『嫌です』
郷野はぴたりと立ち止まった。
聞き慣れない、意志の強さを伴った、きっぱりと断言した凛の声に反射的に意識が集中した。
『郷野先生はオレのものです』
掌で口を塞がれた凛の今の心境は、正に、穴があったら入りたい、であった……。
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