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「そうか」
三年前。
オレと出会う前の先生はどんな男の人だったのかな。
もっと昔。
先生はどんな高校生だったんだろう。
どんな風に最初のキスをしたんだろう。
どんな人に最初の恋をしたんだろう?
「藤崎」
取り留めのない疑問符にぼんやりしていた凛は郷野を見上げた。
洗い物を終えた教師は止まりがちだった生徒の手から布巾と皿を受け取り、ざっと拭いて、他の食器と共に戸棚に仕舞っていく。
「俺はお前のものだから、自信、持て」
ICレコーダーに録音されていた、大胆で予想外で、脳裏に深く刻みつけられた台詞を郷野はなぞった。
「あれ。もう一回聞いてもいいか」
「……嫌です、恥ずかしいです」
真葵はICレコーダーを置いて行った。
大事な商売道具だろう、郷野はそのまま受け取るつもりもなく、いずれ司法書士に返すつもりでいた。
「近い内にあいつに返さないと」
「オレが返しに行きます」
「……今度、一緒に返しに行くか」
「はいっ」
時刻は夜八時になろうとしていた。
ふとした拍子にドアや窓の向こうから周囲の雑音が流れ込んでくる。
扉の開閉音、車のクラクション、犬の鳴き声。
深まりつつある夜の狭間をサイレンが駆け抜けていく。
「家まで送る」
ソファの背もたれにかけていたパーカーを速やかに羽織り、部屋の明かりを消し、キーの束をとった郷野は玄関へ向かおうとした。
その背中に凛は抱きついた。
洗い立ての郷野の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、息を吐くのと同時に、その言葉も一緒に唇の外へ解放した。
「郷野先生……オレ、もうちょっと、一緒にいたいです」
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