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8-1 最終章

穏やかに薫る中庭のソメイヨシノ。 枝葉の向こうには新生活の始まりに相応しい晴れやかな青空が広がっている。 中庭沿いの渡り廊下を抜けた先にある体育館では入学式の真っ最中だった。 中央には新しい環境に緊張した面持ちもあれば眠たげな顔、これから始まる高校生活に胸躍らせて活き活きと輝く顔も見受けられた。 ずらりと並ぶパイプ椅子、後方には多くの保護者が座っている。 新入生代表の宣誓が済むと天井にまで拍手が満ちた。 最後は一年生を担当する教師がステージ上で紹介され、他の教職員と共に壁際に並ぶパイプ椅子に着席していた二年受け持ちの郷野は、スーツに身を固め、一人一人の挨拶に真摯に耳を傾けていた。 しかし。 いつしか郷野の集中力は乱れていく。 体育教師の目線の先には一人の新入生がいた。 周囲と比べて一段と強張った表情を浮かべ、ただ真っ直ぐ精一杯前を向いている、大人しそうな男子生徒だった。 あの生徒の名は何と言うんだろう。 外は春の陽光に包まれて暖かい反面、うすら寒い体育館の片隅で。 一人の新入生に目を奪われた郷野は、何気ない日常の一瞬が結晶化していくような、白昼夢じみた感覚に囚われた。 一年担当の教師による自己紹介も、マイクのハウリングも、鼓膜から遠退いていく。 世界に彼と二人きり。 そんな幻想を抱いた。 不意に身じろぎした彼がこちらを向き、我に返った郷野はステージ上へ顔を逸らした。 一分ばかり間をおいて確認してみれば前と同じく緊張した様子で正面を向く彼の姿がそこにあった。 入学式が終了し、吹奏楽部の演奏と拍手に包まれて新入生が退場していく。 郷野は誰にも気づかれないよう彼だけを見送った。 二学期の十一月、その日まで、藤崎凛を密かに見つめ続ける日々を人知れず送った。

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