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「明日のことなんだが、凛……」 住宅街の外れ、生徒の自宅まで歩いて数分ほどの場所に車を停め、運転席で何かを言いかけた郷野は口を噤んだ。 「……何でもない。気をつけて帰れ」 凛は特に気にせずに「おやすみなさい」と告げて車を降りた。 今まではベッドでだけ……そういうときしか呼んでくれなかったけれど。 先生、さっき、普通に「凛」って呼んでくれた。 春休みの最終夜。 明日から二年生になる凛は、間隔をおいて並ぶ常夜灯の元、小走りになって夜道を駆け抜けていく。 ゴミステーションの前を通り過ぎ、カーブミラーが立つ角を曲がって、視界の端に写り込んだ自宅を目指す。 隣家の花壇の前までやってきた辺りで凛は不意に立ち止まった。 引き寄せられるように振り返ってみれば。 常夜灯にぼんやり照らされた道の先、一つの人影を見つけた。 「あ……」 曲がり角の向こうに車を停めていた郷野が、外へ出、カーブミラーの横に立っていた。 夜十時過ぎの静まり返った住宅街。 自分のことを密やかに見送っていた教師に生徒は小さく手を振った。 「……真一……さん」 聞こえるはずもない郷野の遠吠えに共鳴した凛はそっと恋しい教師の名を呼んだ。 花冷えの春の夜。 帰宅した郷野は窓を細く開けて未だ肌身に残る余熱を冷ます傍ら、明かりも点けずに、ベッドに浅く腰掛けてその再生ボタンを押した。 『嫌です…………郷野先生はオレのものです』 仄かに四月の薫る夜風を横顔に浴びながら。 教師は生徒に再び恋をする。

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